2009年12月30日

09 全日本の安藤美姫

12 月 26 日 全日本選手権 SP の日。
関西国際空港の対岸に位置する、りんくうタウン駅から程近い駐車場に車を停めて、
JR 、地下鉄と乗り継ぎ、門真南駅で下車。開催地は、なみはやドーム。
ここまで辿り着くのに 2 時間半もかかってしまい、
女子選手の練習には間に合わず、
会場入りした時には男子選手が FS の曲かけをして練習をしていた。
私と夫の席はスタンド S 席 E-17 列 36 番 37 番。
ジャッジ席とは反対側のかなり後ろのほう。
モニタースクリーンを横から覗く位置なのでスコアが非常に観づらく、
キスクラも同様に横側からなので選手の表情どころか、
姿さえも目にできない席だった。
ただ幸か不幸かリンクからは距離があるため
想像していたほど、寒さに震えることはなかった。

安藤選手の登場は 28 番目。
この席からだと遠目でしか観ることができないと思い、
6 分間練習だけは、関係者席に近い通路で立ったまま応援することにした。
この日の最終グループ、レクイエムの衣装を身に着け、
先頭を切ってリンクに飛び出してきた安藤選手が
凄いスピードで私の前を滑走していく。
その表情は穏やかに落ち着いていて、事も無げにジャンプを決めていた。
大丈夫。調子は悪くない。そう確信して競技本番のために私達は席に戻った。

安藤選手の SP。
冒頭のコンビネーションジャンプはセカンドが 2 Lo になり、
レイバックスピンとステップでレベルを落としてしまったが、
その他のエレメンツは綺麗に決めて、PCS でも 8 点台が多く、
結果 68.68 で首位とはわずか 0.44 差の 3 位という位置につけた。

「レクイエム」を初めて生で観た私は、
安藤選手が滑り終えた瞬間からポロポロと涙がこぼれて、
隣にいた男性に顔を覗き込まれるほど、しゃくりあげるように号泣してしまった。
何故だか解らない。
無事に滑り終えた安堵感からなのか、
遠目でも安藤選手の笑顔を感じることができたからなのか、
荘厳な PG に圧倒されたせいなのか、
とにかく猛烈に感動して、一時その余韻に何もかも忘れて浸っていた。

女子の SP が終わったあとは男子の FS を観戦するつもりでいたのだが、
安藤選手の演技に満たされたままでいたい、そんな衝動は拭えず、
余韻に浸ったまま、その日は岐路に着くことにした。

翌日 12 月 27 日 FS の日。
実を云うとこの日は当初から予定していたわけではなく、
ある方のご厚意で急遽、観戦することになったのだった。
嬉しいサプライズと共に手にした「プラチナチケット」で。

一般道を走ること 3 時間半。
3 時間 30 分といっても途中、寄り道をしたり休憩をとったりしたので
実際に所要した時間は 2 時間ちょっとだったのかもしれない。
それでも大阪の南のどんつきからでは、随分と時間を要するものだ。
やはり練習時間に間に合わせることができなかった。
この日の私達の席は、スタンド SS 席 A-2 列 18 番 19 番。
ジャッジ席のすぐ後方、解説の荒川静香さんの綺麗な横顔まで楽しめる、
私達にとっては非常に有難い「特等席」での観戦となった。

最終グループの 6 分間練習も終り、いよいよ安藤選手が登場した時は、
前滑走者、中野選手が演じた「火の鳥」の、この大会にかけた熱い想いが
いつまでもリンクから消えず、何かざわついた、ちょっと異様な雰囲気に私は
少なからず不安を覚えた。

安藤選手の FS。
得意のルッツでは回転が足りず、
トーループからのコンビネーションも着氷が乱れ、単発になってしまう。
ダブルアクセルも回転不足になり、後半の得点源でのミスがこの日は痛かった。
ステップでは観客から手拍子をもらい、後押しされながらも何かしら元気がなく、
スコアも 116.76 と伸びなかった。
その結果トータルで 185.44 となり最終順位は 4 位。
五輪前の大切なこの全日本で、表彰台を逃してしまったのだった。
中野選手と鈴木選手の熱い熱い想いと、
すでに五輪に内定している安藤選手の違った緊張感には、
微妙な温度差があったのかもしれない。

バンクーバーへは安藤選手は勿論のこと、鈴木選手も代表に選ばれた事は嬉しい。
選手生命も危ぶまれるような怪我、あるいは摂食障害で、
リンクに立てない辛さ、思う存分練習できない苦しみを乗り越えてきた選手にこそ、
ドラマがある。スケートを諦めなくて本当に良かったと、
心からの拍手をもって五輪へ送り出してあげたい。


さて。

この度のなみはやには生涯忘れることのない出会いが私達を待っていた。

「安藤美姫物語〜I believe 」を執筆された漫画家の折原みと先生が
バナー持参で応援に駆けつけてこられていた。
いきなり話しかけたにもかかわらず、
優しい微笑みを絶やすことなく気さくに応じて下さった。
その傍らには、難病に苦しみながらも懸命に生きた
各務宗太郎くんのお母様も安藤選手の激励のためにこられていた。
そして云わずもがな、安藤選手のご家族の方がたも。
その皆さんが、こちらが恐縮してしまうほど、とても優しく接して下さった。

表彰式をはさんで、代表選手の正式発表がリンク上で行われていたが、
私達は時間の都合もあり、安藤選手の挨拶だけを聞いて、
誰ひとり席を立つ者もいない中、ひとあし先に表に出た。
誰もいないはずのロビーに、
たった一人ぽつんと佇んでおられる女性がいた。
私達はそれが誰なのか瞬時に理解できた。
そして何故そうされているのかということも。
安藤選手のお母様は、顔見知りになったファンの人たちを
丁寧に丁寧に一人ずつ見送るために、待っておられたのだ。
正面の扉から冷たい風が吹き込む寒いところで。

「代表おめでとうございます」と御挨拶をして、
その場を離れ振り返ったら、こちらを向いておられた。
そして最後にもう一度頭を下げてくださった。
その姿に思わず涙が溢れ、胸がしめつけられるように、私の心が泣いた・・。

安藤選手のスケートには心がある。

どうしてそう感じるのかが解ったような気がした。

posted by マキティ at 20:52| Comment(8) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月18日

Miki's 22nd BIRTHDAY

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GPF 初の表彰台と五輪内定おめでとう

AND

HAPPY BIRTHDAY

posted by マキティ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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