2010年02月05日

空に向かって

このブログを始めて丸 2 年が過ぎた。
当初は、スケーターを応援するサイト「ラウンジ」が存在していて、
そこで書き足りなかった想いを自分のブログで表現したいという単純な動機と、
安藤選手を応援するサイトがいちファンの稚拙でちっぽけなブログであっても
少ないよりは多いほうがいいだろうという、これまた短絡的な発想から始めた。

ラブレターの如く想いを綴りだしたのはいいが、始めてすぐに気がついた。
云いたいことが云えないのは、
不特定多数の人間が書き込む「ラウンジ」だからではなく、
名の知れた掲示板だからでもないということ。
そんな至極当然なことを私はブログを始めてしまってから気がついたのだった。

勇んで取り組んだブログだったが思うように書き記したい衝動と、
ネット社会に潜む恐ろしさや様々な難しい問題とのはざま、微妙なバランスに
神経をすり減らすようにして綴らなければならなかった。
ただヤミクモに安藤選手を持ち上げたいだけではなかったが、
それでも時には注意をいただいたり、書き直しをしたことも幾度かあった。
本当に云いたいことは胸の内にしまい込み、
本心とは距離をおいた、何処かで借りてきたような言葉を並べて今日まで続けた。

ブログを始めてからの 2 年間、いや、あのトリノから 4 年、
この 4 年という月日に重ねてきた想いは到底ひと言では語り尽くせないが、
振り返れば、辛い涙を1つずつ1つずつ乗り越えてきた毎日だったように思う。
安藤選手にとっても、私自身にとっても。

私的な話になるがこのブログを始めたちょうど 2 年前、
最愛の息子の親友が 21 歳という若さで他界した頃、
大切に想っていた或る女性との別離もあった。
当事者である息子も春から東京の学校へと行ってしまい茫然自失状態の私。
そんなことがあったからか、あちこち悪いところが出てきてしまった。
年齢のせいにしたくはないが体調の良い時のほうが今では少ないくらいだ。
また、この年末年始には新型インフルエンザに感染し、
それ以来すっきりしない状態がダラダラと続き
キーボードを触ることすら億劫になってしまった。

人の心と肉体との相互作用は切っても切り離せないとはこのことで、
嬉しかったり楽しかったりすると俄然、身体中にパワーが満ちてくるものだが、
哀しみや怒りの感情からは心地良いものは何ひとつ生まれてこないどころか、
塞ぎこんで精気を失い、どうかすると何も手につかない状態に陥る。

一般人の私でさえ数年のあいだにイロイロと経験せざるを得なかったのだから、
世界を相手に闘うトップアスリートの安藤選手とそのご家族のこれまでの心労は、
筆舌に尽くし難いものがあったに違いない。
それでも安藤選手は降りかかった哀しみを乗り越え、痛みを克服し、
不当な評価にも耐えて、何度も何度も何度も甦ってきたのだ。
私の流した涙など、安藤選手が辛酸を舐めて流した涙とは比べものにもならない。



人は心の傷をどんなふうに癒し、乗り越えていくのだろう。
米国に発つ前、安藤選手は荒川静香さんに「トリノのトラウマを克服したい」
と TV のインタビューで打ち明けた。
これを受けて掲示板では励ましの書き込みが多く寄せられ、それぞれが
それぞれの考え方で、安藤選手のためになるならと親身になって
精一杯の想いを込めて書き込んだ。
先のオリンピックで経験したもの。
トリノ五輪での結果から生じた、風評で傷ついた心。
安藤選手の心に刻まれた傷口は計り知れないほど大きなものだったのだ。

トラウマを克服するのは容易ではないだろう。
振り払おうと、もがいたところで、
そのことに執着したばかりに這い上がれない状況に陥るかもしれない。
時にフラッシュバックする根深いトラウマならば
無理に克服しようとは考えずに全てを受け入れて、
結果、今の自分があるのだとは思えないだろうか。
哀しみも痛みも、流した涙さえも、
今の自分がこうしているための必然だったのだと思えないだろうか。

私は未だ、もう逢うことのない人への惜別の想いのなかにいる。
忘れようにも忘れられずに、涙のなかにいる。
辛くて辛くてどうしようもないが、
きっとこの先も、その面影が消え去ることはないだろうから
上手く付き合っていこうと思っている。

安藤選手の場合、そう簡単なことではないと察するに余りあるが、
悔やむ気持ちも、過ぎた日を愛おしむ気持ちも、
今の自分を育てたのだと受け入れ、ありのままの自分を愛すればいいと私は思う。
幸い渡米してからは、環境にも恵まれ心身の充実もはかれたようで、
気をもんだファンの多くは一様に胸を撫で下ろしただろう。

一般に、私たちが報道を目にする頃には、
当の本人は次のステップ、さらなるステージへと移動していることが多い。
ファンが心配している時には、選手はすでに力強く先へと歩み出しているようだ。
また、期待を膨らませ過ぎたファンがテンションを高くしていると、
選手の方では、新たな問題を見つけてしまっていたりするのかもしれない(笑)
それでも、悩みに悩んだ末には新たな 1 歩を踏み出しているのだろう。

話は変わるが、
ここへきてニコライ・モロゾフコーチの「キス・アンド・クライ」が出版された。
それによると安藤選手は 4 年後のソチ五輪にも意欲を示しているという。
とすれば、心配でならなかった右肩の具合は、
今にも壊れそうで深刻な状態ではない、ということか。
何度も安藤選手を苦しめた右肩であったが、
ソチへの出場が実現するかどうかは別としても、切羽詰った故障でないとすれば
嬉しい。



安藤選手はファンの気持ちを大切にしてくれるスケーターだ。
そんな安藤選手だからこそ応援をする側は、
自分達の気持ちはいいから安藤選手の思い通りにしてくれるのが 1 番嬉しいと云う。
それを受け「五輪には、応援してくれる人の気持ちをもっていきたい」と
安藤選手が応えてくれる。
その気持ちが嬉しくて、自分自身のために滑って欲しいとファンが挙って口にした。
お互いを思い、お互いに出来る限りのメッセージを届けあう。
こんな素敵な関係を築いてくれた安藤選手に、心から感謝をしたい。
私たちの気持ちはもう、五輪までもっていってくれたから十分、と伝えたい。

3 週間後に迫ったバンクーバ−五輪。
傷つき泣いて、闇のような苦悩の日々を潜り抜けてきた安藤選手。
万がいち、問題が発生して悩んでいたとしても、
もしも不安が襲ってきたとしても、
リンクに立った時には全てをニュートラルにすればいい。
応援するファンの気持ちも、その瞬間には忘れてしまっていいのだ。
全てを脱ぎ捨てた、ありのままの「安藤美姫」を解き放して爆発させて欲しい。

云い尽くされた言葉だけれど。
リンクに立った安藤選手の心が澄みきっていることを願って、
想いを繋いでくれる空に向かって、私もまっ新な気持ちで送ろう。

「美姫ちゃん、ガンバッ!」


posted by マキティ at 00:00| Comment(9) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。