2013年12月18日

Miki's 26th BIRTHDAY

福音の光 大.jpg



福音の光

いかなる困難に出会おうとも翼ひろげ空を掴め。
たとえそれが灰色の孤独な空であっても、
荒れ狂う嵐に苛まれても、
分厚い雲を突き抜けよ。

未知なる光が待っている。

HAPPY BIRTHDAY MIKI



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2012年12月18日

Miki's 25th BIRTHDAY

薔薇18.jpg
安藤美姫選手

お誕生日おめでとうございます
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2012年05月27日

第2回「安藤美姫らしさを求めて」

前回のテーマでは、いろいろと意見交換ができて良かったと思います。
ご参加くださった皆さん、ありがとうございました。
また、投稿はまだでもフォーラムを見守ってくださる方々にも御礼を申し上げます。
文章に悩む必要なんてありません。
志が同じであれば、たとえ短いコメントでも、簡単な意見でも心は通じ合います。

前回は僭越ながら仮説を提示させていただきました。
皆さんのご意見は、立ち位置は別々でも視線の向かう方向はほぼ共通していると感じました。

 安藤選手が悩んでいる原因はひとつではない。
 複数の要因が絡み合っている。
 その中でも仮説2と3が一番影響しているのではないか。

というところでしょうか。
皆さんも「なるほど」と感じられることが多かったのではないでしょうか。



さて、ここ1週間で「動き」がありました。

既報の通り、5/21に2012/13シーズンのGPアサインが発表されました。
安藤選手のエントリーは、第3戦中国杯と第5戦エリックボンパール杯(TEB)です。
先のWTTで「GPにエントリーは出しておく」と安藤選手が予告していたので
アサイン自体に特別驚いたり、浮き立つこともないかと思います。

一方で、ご覧になっている方も多いかと思いますがツイッターでは
「スケートに向かう苦悩」を安藤選手が吐露しています。
このつぶやきを読むと、安藤選手は自分自身が心底願ってGPエントリーを決めたとは
とても思えません。いまだに安藤選手の目に映る空は晴れていないようです。
「戦う意欲が湧かなければキャンセルする」という気持ちはまだ残っているかのようです。

このフォーラムも現実を見据えて前に進まなければなりません。
GPエントリーは事実なのだから、それはそれとして疑うことなく認識しましょう。
安藤選手は今、動き出そうとしているのだと信じましょう。
「スケートは大好き」という言葉もそのまま受け止めましょう。
しかし、今も安藤選手が悩んでいることも忘れてはなりません。
安藤選手が悩んでいる姿を見るのは辛いからと言って、見て見ぬ振りをしてはいけません。

これまでの皆さんのコメントに散見される言葉から、
私たちには共通する思いがあることに気づきます。
それは皆さんが「安藤美姫の世界」に惚れ込んでいるのだということです。
ジャンプなどのエレメンツも魅力的ではありますが、それは要素のひとつであって、
トータルで「安藤美姫の世界」に魅せられているんだと。

安藤選手の言葉にもそれに符合するものが見られます。
例えば最近の日経新聞のインタビューでは、
「女子で憧れるのは居るだけで会場の色が変わるような存在感のある選手」と語っています。
また、これまで安藤選手が快心の演技をした後には、「ジャンプが成功した」とか
「レベル4の評価をもらえた」とか、まして「〇〇点を超えた」なんて言葉は出てきません。
納得のいく演技、快心の演技ができたときに出てくる言葉は
「今日は自分らしさを出せたかな」です。

安藤選手のスケートのモチベーションは
「自分らしさ」、「安藤美姫らしさ」が根源にあるような気がします。
私たちの「心が震える」とき、そこにはいつも「安藤美姫らしいスケート」があったと思うのです。
逆に考えると、「安藤美姫らしさ」が出せなかったときは(怪我を除けば)
安藤選手自身のモチベーションに問題があったときではないでしょうか。



「安藤美姫らしさ」って何だろう?

一言で規定できるものではありませんが少なくともそれは安藤選手自身のものであり
誰のものでもありません。誰かに作ってもらったり、後から付け加えられたものでもないのです。
コーチが創作したり、振付師が演出したものではなく、安藤選手自身の中から生まれるもの、
多少の「手助け」があったとしても、安藤選手自身のポテンシャル、パーソナリティが
生み出すものだといえます。
私はたとえコーチが変わっても、振付師や練習拠点が変わっても、
安藤選手が「安藤美姫らしさ」を追い求めていくことに変わりはないと思うのです。

そこで、本フォーラムの第2回テーマは、「安藤美姫らしさを求めて」です。

安藤選手が生き生きと滑るとき、生命力あふれる演技をしているとき、
全身の力がみなぎっているとき、
そのときは間違いなく高いモチベーションに支えられているはずです。
そして、そのとき安藤選手は「安藤美姫らしいスケート」ができていると実感しているはずです。
また「安藤美姫らしいスケート」はショーでも見られることもありますが、
その土台は競技会で培ってきたものです。
即ち「安藤美姫らしいスケート」は競技会で生まれ、成長してきたのです。

「安藤美姫らしいスケート」を思い出してもらうことで不安を払拭し、自信を取り戻す。
「安藤美姫らしいスケート」をもっと競技の世界で追い求めていくことがモチベーションになる。

皆さんと一緒に「安藤美姫らしいスケート」を描くことで、
安藤選手のモチベーション向上の一助になればと願い、
第2回のテーマとさせていただきました。
ただ、このテーマは単なる「昔を懐かしむ」企画ではありません。
過去の大会、演技を振り返ることは便宜的な手段であって、
目的は「安藤美姫らしさをもっと成長させるため」です。

最初は、あなたが「これが安藤美姫だ!」という演技をどんどん投稿してください。
ジュニア時代でもシニア時代でも順不同でけっこうです。
ただし、対象とするのは「競技会の演技」です。
ショープログラムの場合は必ず競技会と関連づけてください。
(例えば、2011ワールドのEXアンコールのレクイエム)
最初は「この演技が好き」というだけでもかまいません。
でも、その次には「もっとこういう演技が見たい」「もっとこういう演技ができるはず」
というあなたの願いを是非書いてください(何回に分けて投稿してもけっこうです)

さあ、みんなで「安藤美姫らしさ」を探す旅に出ましょう!


なお、意見交換はコメント欄で行ないます。
あなたのご意見をどんどんコメント欄に投稿してください。
よろしくお願いします。



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2012年05月15日

第 1 回「安藤選手はなぜ競技復帰を迷っているのか」

安藤選手は現在も、競技復帰、プロ転向のどちらも明言していません。

「SP の振付けは依頼した」
「日本スケート連盟(JSF )から要請があれば GP にエントリーはする」
「戦う意欲が出てこなければ GP は後からキャンセルするかもしれない」
「7 月まではショーの予定で埋まっている」
(国別対抗戦での記者会見より)

「ショースケーターもいいなぁって思えました」
(ファンサイト投稿より)

迷いのある発言から垣間見えるのは、どちらかというとショーに対してはアクティブで、
競技に対してはパッシブな姿勢です。
ショーは自分の意志で進めるけれども、競技は自分の意志だけでは進めないような
受動的なニュアンスを私は読み取ります。
客観的に見ても、ショーの出演は手続きが比較的簡単なのは想像できます。
海外の場合はビザの問題等がありますが、基本的には日程の調整が上手くいけば、
後は安藤選手の決断だけで決まるでしょう。
今や安藤選手はスケート靴さえあれば世界中のどこでも一人で行ける国際人ですから。
一方で、競技会出場となると手続きや準備は複雑です。

安藤選手は現在も正式に、ISU 公式試合に出場する資格を有する選手です。
そして国内外を問わず、どんな大会でも、試合に出場するためには、
ISU 傘下の JSF に出場申請し、許可をもらい、
JSF から派遣される形式を取らなければ大会には出場できません。

また、試合に出場するからには競技用プログラムも用意しなければいけません。
自由に作れるショープログラムと違って、競技用プログラムには細かい制約があり、
コーチや振付師と綿密な打合せが必要です。
確かに競技プログラムは過去のものでもかまわないのですが、
今は毎年ルールが細かく変わるので過去のプログラムをそのまま使うのは実際には困難で、
既存のプログラムを使う場合は手直しが必要になります。
そして何と言っても、トップカテゴリーの試合に出場するからには
ハードなトレーニングが必要です。
1 シーズン試合に出場していない選手の場合は、
心身ともに「戦うコンディション」に戻すことは容易ではないでしょう。
競技に戻るためには「様々な準備」が必要なことは想像に難くありません。
特に、安藤選手にとっては 1 シーズン休んでから競技に戻るのは初めての経験ですから、
その準備はやはり簡単ではないでしょう。

このままプロ転向するか、或いは競技復帰するか、
どちらにしても安藤選手はまだ迷っているのは間違いないと想像します。



今回「安藤美姫選手の競技会復帰を目指すファンフォーラム」を開催するにあたり、
本フォーラムの趣旨としては当然のことながら「プロ転向への迷い」ではなく
「競技復帰への迷い」に焦点を当てます。そこで最初のフォーラムテーマは、

「安藤選手はなぜ競技復帰を迷っているのか」です。



まず始めに、進行役の私から「迷いの原因」についていくつか仮説を提示させて頂きます。
フォーラムは、この仮説に対する意見交換の形で進めたいと思います。
安藤選手の迷い、悩み、復帰への障害について議論し、
安藤選手の競技復帰の一助になることを一緒に模索していくのが狙いです。
また、皆さんから「新説」を提示していただくことも歓迎です。

仮説1)2011 世界選手権優勝で相当の達成感がある。競技会でやり残したことはない、
思いつかない。

仮説2)「試合は戦いの場」であるならば、自分は何と戦うのか、何を目標に戦うのか、
何にチャレンジするのかが見つかっていない。

仮説3)モロゾフ・コーチとの師弟関係が深かったので、新しいコーチ像がイメージできない。

仮説4)JSF のバックアップ体制に不安がある、不信感がある。
(今まで JSF が安藤選手を守ってくれたことは一度もありません)

仮説5)米露を中心に台頭する新世代を相手に戦う自信がない。
(ソチ五輪は新世代による争いと言われています)

仮説6)来季の所属先、エージェントが決まっていないので計画が立てられない。
(今季までは所属先がトヨタ、エージェントは IMG )

仮説7)トップレベルの競技コンディションに戻せるか自信がない。

仮説8)実は最近、古傷が再発・悪化していてハードトレーニングができない。



以上の仮説に対して皆さんのご意見をお寄せください。
ご意見の字数制限は特に設けませんが、1回の投稿の中で触れる仮説は 1 つにしてください。
複数の仮説についてご意見を投稿する場合は、対象となる仮説ごとに投稿を分けてください。
連続投稿もOKです。
新しい「仮説」も歓迎です。あなたの仮説、ご意見をお寄せください。
フォーラム形式ですので、他者の投稿に対するご意見も歓迎です。
もちろん反対論も歓迎ですが、他者の意見を尊重するという原則は守ってください。

なお、意見交換はコメント欄で行ないます。
あなたのご意見をどんどんコメント欄に投稿してください。
よろしくお願いします。



posted by マキティ at 22:51| Comment(34) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月09日

緊急特別企画 安藤美姫選手の競技会復帰を目指すファンフォーラム開催

安藤美姫選手が今、スケーター人生最大の決断をしようとしています。
昨年「今後の方向性を模索したい」と競技会休養宣言してから半年が過ぎた今、
五輪プレシーズンとなる2012/2013シーズンにカレンダーが変わろうとする今、
競技選手を退き「ショースケーター」への道を選択しようとしています。
先頃、Miki Ando & Fans に投稿された本人の書き込みでは「ショースケーター」
という言葉が明記され、その道を選択することを決意したかのようです。
まさに今、安藤選手は15年前の1997年に自らが開いた競技選手のドアを
自らの手で閉じようとしているのです。



それでいいの?
今がベストのタイミングなの?
このままでは昨年のジャパンオープンでの成績が「最後の競技成績」になってしまう。
シニア移行後のワースト3となったあの成績を最後にしてしまっていいの?
スコアはもとより、あの演技を最後に競技生活を終えてもいいの?

私は納得できない。
ファンが言うのはおこがましいと批判されようが敢えて言う。
私はそんな引退の仕方はどうしても受け入れられない。
ベストを尽くして今ある力をすべて出し切っての結果なら仕方ない。
それがどんなスコアになろうが、安藤選手が力を出し切った結果であれば受け入れる。
しかし、あのままでは受け入れられない。
数日前に出来上がったばかりのプログラムで、
まともにフィジカルトレーニングも出来ずに、最低のメンタルコンディションであったとしても、
あの演技が「競技生活最後の演技」なんて納得のしようがない。

そして、Reborn Garden についても明言しておきたいことがある。
このチャリティの趣旨には賛同するし、微々たることでしかなかったが私なりに応援もした。
ファンの一部には来年も Reborn Garden を開催して欲しいとの声もあるらしいが、
残念ながら、それには賛同できない。
はっきり言う。
他にやるべきこと、安藤選手でなければできないことがあるだろうと。
それは何か。
競技会に戻って、試合に挑む姿を見せて、困難に挑戦し、くじけない姿を見せることだ。
それは安藤選手にしかできないことでもある。
一度休養してから競技に戻ることは大変困難が伴うことだろう。
しかし、困難であればあるほどそれに挑む姿は尊く、その姿は人々に勇気を与える。
それはショーの中では表現できない。
それは「戦いの場」、即ち競技の中でしかできないことだ。
安藤選手の被災地支援の気持ちが純粋なものであればこそ、
競技会で挑戦し続ける姿が、大勢の人の心を動かすのだと信じてやまない。



今、ファンはこの事態を、安藤選手が競技会引退を考え始めていることを
どう思っているのだろう。
先述した Miki Ando & Fans にはファンの意見が様々に寄せられている。
私はその意見を読んでいてつくづく思う。
安藤選手のファンというのは気配りに長けた人が多く、みんな優しいと。
しかし一方で、安藤選手を気遣うあまりファンの本音を言えていない、
或いはオブラートに包んでぼやかしているとしか思えない意見がほとんどだということを。

最後は本人が決めればよいこと? その通り。
自分の心を信じて決めてほしい? 当然だろう。
どの道に進んでも応援する? 言うまでもない。

それでも私はファンに対しても敢えて言う。
今、「無難な、極めて良識ある、優等生のコメント」の意見を言うべき時だろうか?
それが本当に安藤選手が求めているコメントだろうか?
安藤選手は口当たりの良い、甘口の意見にしか耳を傾けない、とは思えない。
いや、そうあってもいけない。
今こそ本音をストレートに語り、安藤選手にぶつけるべき時ではないのか。

例えば、下記のふたつの意見に投票するとしたら、あなたはどちらに投票するだろうか?
A)競技に戻ってほしい(ショーはその合間に見られればよい)
B)引退してショーに専念してほしい(競技にはもう戻らないでほしい)

間違いなくファンは(A)に投票するだろう。
(B)を本心から望むファンなんていないだろう。(B)は「本人が望むなら
受け入れざるをえない」という(A)がなくなったときの受動的な選択に過ぎない。
せいぜい「安藤選手ならなんでもOK」という選択だ。消極的な選択でしかない。
能動的に、積極的に選択するのであれば(A)になって当然だろう。
どちらの道を選択するかは確かに安藤選手が決めることだ。しかし、
ファンが自分の本心を言う機会がせっかくあるのに、
安藤選手に気兼ねしてその本心を言えない、
或いはぼやかしてどっちつかずの中途半端な意見に終始しているのが現状だ。
安藤選手に余計な悩みを与えたくない、
そういう心優しいファンならではの気遣いからだということも痛いほど分かる。
安藤選手のファンはみんな優しいのだ。
優しすぎるほど。

だが今は優しさではなく、本心を隠さず曝け出し、共に悩むべき時なのではないかと言いたい。
そう。
安藤選手に覚悟してもらうために、まず私自身が覚悟しなければいけない。
安藤選手に決断してもらうためには、ファンも決断しなければいけない。



決意表明

2008年1月以来
「安藤美姫選手を応援するファンBlog」として綴ってきた「なんてったって安藤美姫!!」は
本日をもって「安藤美姫選手の競技会復帰を目指すファンフォーラム」に衣替えします。
このファンフォーラムの発案者である Go! Mikiさんと私マキティの共同企画となります。

ファンフォーラムは、安藤選手に競技会に戻ることを切望するファンが集い、意見交換し、
その思いを安藤選手に届けることを目指します。
議論するテーマはいくつか用意しますが、議論の途中で「動議」を出していただき、
参加者発案のテーマで議論することも歓迎します。

進行方法は、Go! Mikiさん(あるいは管理人の私マキティ)がテーマを提示します。
そのテーマに沿って、皆さんのご意見を忌憚なく投稿してください。
その投稿コメントに対してもご意見を投稿していただくことも歓迎です。
私もコメントを随時入れて参加しますので、コメント欄を使ってどんどん意見交換したいと
思います。
このフォーラムの参加資格は唯一「安藤選手の競技復帰を切望するファン」
であることだけです。
それを切実に願う人であればどんどん参加してください。
またお友達やスケート仲間でもそういう人がいれば紹介して、是非誘って一緒に
参加してください。
「安藤選手の競技復帰」の声をどんどん大きく、拡大していきましょう。
(但し、明らかにアンチや荒しのコメントだと判断した場合は管理人が削除いたします)


posted by マキティ at 21:44| Comment(21) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月18日

Miki's 24th BIRTHDAY

薔薇10.jpg


12 月は気忙しい。
1 年を納めるこの時期は誰かれなしに忙しい。
浮き足たった落ちつかない気分を
クリスマスの賑わいが華を添えてくれるけれど
毎年この頃に全日本選手権があるから
フィギュアファンはさらに落ちつかない気持ちになる。

だけど今年は違う。
美姫ちゃんが競技を休んで全日本でも出番がないから。
久しぶりにクリスマスをじっくり楽しめる。
何年も張り詰めてきた気持ちに僅かに魔がさした。

「(五輪に)出るか出ないかはわからない。。。。
 今後、試合がすごく恋しくなるかもしれないし、
 エンターテイナーとしてやっていくかも。ふふふ。」
(16 日付けの読売新聞から抜粋)

どうしよう。
ちょっとした気持ちの隙に罰を与えられたの?

どんなに慌しくても心が疲れても
美姫ちゃんのいない全日本は主役のいないドラマと同じ。
だからお願い。
来季はまたスリリングなシーズンを堪能させて。。



来年のことを言うと何とか。って聞くけど
確かに先のことなんて分らないから
口にしても意味のないことかもしれないけれど。

いろんなことがあった今年。
今日が最後の日になるかもしれない。
だから今この時を精一杯生きる。
そんなことを誰もが感じた 1 年だったかもしれないけれど。

だから。だからこそ。

先が見えないから未来に希(のぞみ)をもちたいと思った。
分らないんだったら夢を描き続けたいと思った。

美姫ちゃん。
まだまだ夢の続きがあるって信じてるからね。。。。



12 月は気忙しい。
忙しく感じるひとつは大好きなあなたの生まれ月だから。

美姫ちゃんお誕生日おめでとう。

posted by マキティ at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月17日

安藤美姫のソチ

世界陸上競技選手権大会が韓国で2011年8月27日から9月4日まで開催された。
競技はほぼ生放送に近く、TVを見ながら1人、揺れる心の中で思い巡らせていた。

ウサイン・ボルトやアリソン・フェリックスのような注目選手に話題が集中するのは当然のことで
キャスターもそういう選手の名前を何度も口にすることは仕方ない。
中継を盛り上げるのもキャスターの仕事だからだ。
けれど、それにも限度がある。「何度も名前をいう」のは我慢できるが
「何度も何度も何度も名前をいう」という執拗なまでの肩入れの仕方は不愉快だ。
キャスターも人間である以上贔屓の選手もいるだろう。チラッと心情が出てしまう分には
むしろ人間味が感じられて、血の通った中継を楽しめる、というものだ。
がしかし、世界陸上の放送は不快でしかなかった。

女子200m決勝ではカーメリタ・ジーターとアリソン・フェリックス。
さらにはベロニカ・キャンベル=ブラウン。
有力な選手が揃った。否応なしに興奮度も高まっていく。
誰もフライングしない。気持ち良くゴールを駆け抜けていく美しい女豹たち。
勝ったのはキャンベル=ブラウン。
五輪ではこの種目を連覇している彼女だが世界陸上では初めての金だった。
私はこのベロニカ・キャンベル=ブラウンをここ数年注目し続け、応援してきた。
あまり感情を表に出さない彼女が暫くの間感激のあまり立てないでいる光景に
見ているこちらも涙腺が崩壊しそうになっていた。ところが。
トラックの興奮から中継ブースに画面が切り替わり、そこに映し出されたのは、
なんとキャスターのガックリうな垂れた画だったのだ。
「キャンベルが勝って悪かったの?!」

選手は1人だけではない。
キャスターを務めた織田裕二氏。彼が肩入れをし名前を連呼されていたアリソン・フェリックス。
私は彼等に怒っているのではない。
こういう放送の仕方に憤りを感じるのだ。

選手は1人だけではない。
フィギュアスケートの某 TV 中継でも同じことが、数年続いている。
なぜ選手1人に注目を集めさせ、他の選手を蔑ろにするのか。
どうして1人だけに視聴者の興味を誘導するかのような放送しかしないのか。
国民的アイドルスケーターを創り上げて、一方では
他の選手に対しての敬意を何処かに忘れてきたかのような有様だ。

これは TV 放送だけではない。
競技のあった翌日の新聞を飾るのは優勝した選手ではなかった。
ニワカファン、浮遊物のような視聴者がまんまと誘導されて「この選手を応援しよう」と
必要以上に持ち上げられた国民のアイドル選手が無理やり一面を占拠している。
「勝ったのは誰か。日本がこんな時にセンターポールに日の丸を揚げたのは誰?」

選手は1人だけではない。
安藤美姫選手がいなければ日本女子シングルは成り立たない。
主要大会の出場枠を確保するためにも。否。そんなことだけではないだろう。だって。
安藤選手がいなければ何も。何っにも始まらないじゃないか。



冒頭「揺れる心の中」と記したのには理由がある。
そんなことは安藤選手のファンであれば誰でもが解ることか。。。
8月の半ばあたりから噴出し始めた、インタビューで語った「これから」のこと。
掲示板では安藤選手の決断を支持します的な物分かりのいい書き込みもチラホラ見られ
私はもう気が気ではない。

安藤ファンの多くは彼女の言動を常に受け入れ、支持し、運命を共有しますとばかりに
彼女の全てに同調しようとする。なぜか。
ご贔屓の選手に嫌われたくないから。無視されたくないから。恐らくはそんなところだろう。
だがそれよりも安藤選手のほうが応援するファンの気持ちに寄り添い、
ファンと共に今日までを過ごしてきたからだとも思う。
試合会場で応援バナーに励まされた。手紙のひと言に力をもらった。
こんな風にファンの気持ちに応え、感謝してくれる彼女と同じ方を向いていたい、
そう考えるのが自然なことなのだろう。

誰だって「好きな人」に嫌われたくはない。私も「大好きな美姫ちゃん」に
「嫌なファン。こんな人から応援されなくていい」などと思われたくはないし、
安藤選手と同じ方向を見ていたいと思ってきた。
だいいち、応援しているというだけの、いちファンが何を進言できるものでもないし
踏み込むことの許されない領域に首を突っ込むことなど出来るはずもない。
勝手に好きになって勝手に応援して。それ以上に此方側から何を望むというのだ。
それなのに。。。私は正気か。。。
嫌われてもいい。どうしても、これだけは言いたい。

現役を続行して欲しい。

ソチ五輪を目指すと公言していた安藤選手が一転「これからのことを考えたい」と発言して以来、
何故? 彼女の周囲で何が起こっているの? と頭の中は整理がつかず嫌な胸騒ぎに苛まれて、
情報は断片的で混乱を招くばかり。事実はフィルターがかけられて解りようもない。
仮に安藤選手の周囲で起きた問題の詳細を把握することが出来たとしても
一般人が力になれることなど何もないことだけは解かっている。どんなに歯痒くても。
それを理解した上で、私は諦めないことを言いたい。
部外者が事情も解からずに傍迷惑なシュプレヒコールを起こしているのと同じで
頭の悪い人間の一方的な懇願の仕方でしかないかもしれないが、
どうしても、これだけは譲れない。現役続行をと。

こんなブログ記事が公開されては、安藤選手とそのご家族を苦しめることになりはしないか、
躊躇う気持ちと、禁を犯してでも伝えたい気持ちとが今も交錯する。
難しい問題を抱えて日々心を痛めているであろう安藤選手へ。
愛するあなたに反逆してでも伝える意味があるのかと恐れおののきながらも
敢えて発信する。
「ソチを目指して欲しい」



バンクーバー五輪で逃したメダル。
安藤選手ならば掴むことも可能だったはずだ。
大きなミスなく終えたこと、収穫も得られたことに当の本人が満足していても
私は悔しさが長く尾をひいた。正直に言うと今でも納得ができないでいる。
そんな気持ちを前向きにしてくれたのが彼女が自ら発したソチを目指すという言葉だった。

あの悔しかったバンクーバーから既に1 年 7ヶ月が過ぎ
ソチまで残るは2 年 5ヶ月と、思いのほか時間は早く過ぎていった。

昨季のFSで後半に5つのジャンプを跳んでみせた並外れた身体能力をもつ安藤選手。
既往選手と比べる必要などなく、とび抜けたポテンシャルの持ち主は2 年 5ヶ月後も
その能力を維持できるだろう。
難度の高い3 回転ー3 回転を成功させるために3-3-3をエクササイズとして取り入れたのも
4 回転を練習だけで終わらせたくないと言ったのも決して過去のことだとは思えない。
逸材がその能力を最大限に発揮しないまま終焉を迎えるなど、
断じてあってはならないと言いたい。

今季を休暇にしたこともソチを見据えてのことと理解していた。
疲れた心身のリフレッシュに充てる、絶好の機会だと。
しっかり右肩のケアもできるし、何よりソチへ向けての充電という意味でも
いい機会だと思っていた。

五輪と世界選手権のような大切な大会での「メダル獲り」ということで言えば
05〜06の五輪シーズンから明暗が交互にきているから1度ノーカウントのシーズンを
挟むのもいいとすら考えていたくらいだ。
そうすれば2012〜2013の復帰シーズンは試合の感覚を取り戻すための位置づけで、
表彰台に近い順位でさえあればいいし、
2013〜2014の五輪シーズンを明るい期待をもって迎えられる。

今季の休みをけっして無駄にして欲しくはない。
オフの安藤選手はとびきりチャーミングだし女性としても恐ろしく魅力的で、
美しいだけではない可愛らしさ満載の「美姫ちゃん」が大好きだけれど、
真剣勝負の競技の世界で挑戦し続け、成長を遂げる「安藤選手」が1番好きだ。



選手は1人だけではない。
カーメリタ・ジーター。アリソン・フェリックス。
ベロニカ・キャンベル=ブラウンがいるように。
キム・ヨナ。カロリーナ・コストナー。アリョーナ・レオノワ。レイチェル・フラット。
長洲未来。クセーニャ・マカロワ。さらには日本の浅田真央。村上佳菜子。鈴木明子。
そして安藤美姫がいる。
それぞれが、個のもつ魅力を存分に発揮するからフィギュアスケートの世界が成り立つ。
と同時に厳しい世界のなか、五輪に出場できる選手は限られている。
表彰台を狙える選手はもっと限られている。
安藤選手はスケートの神様から選ばれた精鋭中の精鋭、数少ない本物の1人なのだ。

表彰台を狙う。
安藤選手にとって、それは重要なことではないとファンのみんなが知っている。

最近のインタビュー記事で門奈裕子コーチが彼女のことを
「いつでも先生にべったりのタイプ。
 寂しがりやだから1人で練習することもできない。
 見ててほしがる。かまってほしがる」
と話していた。この言葉どおり、おそらく安藤選手は甘えん坊で寂しがりや、
誰かと一緒にいたい気持ちが強いのだろうと思う。
自分自身の競争心を満足させるということよりも誰かのために滑ることに
価値を見出すのではないかと想像する。

さて。ここからは私がこのブログを始めてから今まで、言いたくても言えなかったことだ。
私は嫌われ者になることを進んでしよう。
たとえ嫌がられても安藤選手の心の琴線を刺激できたら、それで構わないと思う。

これは私の勝手な想像にすぎないかもしれないが。

安藤選手は勝負にこだわらない、スコアや順位やメダルに執着しない、
いい演技だったねと褒めてもらいたい、自分に納得ができればいい。
誰かの心に残る演技がしたい。
それが彼女の本心だと信じていいと思う。
だが本心とは違う気持ち、心の奥底で誰も気づかない、
自分自身ですら気づかない潜在意識のなかに埋もれて隠された本当の、本当の気持ちが
あるのではないだろか。

いつだったかインタビューで
「真央が大人になったら勝てる人はいないんじゃないかな」と口にしていた。
浅田選手の実力を認めるという一方で瞳の奥の寂しげな、
何ともやりきれない想いを彼女のなかに感じた。

この時から無意識のうちに勝負をすることが怖くなったのではないだろうか。
競争するということを避けるようになってしまったのではないだろうか。
気づかないうちに心の奥底に沈めてしまった選手としての闘争心、
本来ならば持っているはずの誇りを置き去りにしてしまったように。

元より寂しがりで誰かと一緒、誰かのために。という優しい気性は
私こそが1番よという自尊心の強い世界、激しい競争の世界では
辛くて耐えられなかったのかもしれない。
けれど、それでは勿体無い。
優しい気性は変える必要などないが、稀有な存在、
数十年に1人の逸材ともいえるポテンシャルをこのまま眠らせてはならない。
誰もが羨むほどの身体能力を遺憾なく出し尽くすまで、
いや、さらなる成長、進化した安藤美姫を惜しみなく披露して欲しいと切に望む。

ただこうして部外者が言うは簡単、
当事者である安藤選手とご家族の心労は想像をはるかに越えて
笑えない状況下にあるのかもしれない。競技を続けていくには困難で、
打破していくにも先の見えない暗闇の中にあるのかもしれない。

「1人でも力になってくれる人がいる限りやっていく」
その、1人の救世主が現れることを願ってやまないし、諦めてほしくない。

いつからか置き去りにしてきた誇りと、封印された闘争心を胸に抱いた、
私こそが1番よ。そんな安藤選手に会ってみたいのだ。
安藤美姫選手。決して忘れてはならない。

あなたこそが世界 NO.1 のスケーターだ。


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2011年04月04日

生きているということ

3/29朝、義姉が脳梗塞で亡くなった。
とても良い人で、兄が結婚した時、
「この人だったら、お兄ちゃんはこの先ずっと幸せだ」と思ったほど気の良い人物だった。
私とも仲良しで、会うのが楽しみになるような本当に本当に良い人だったのに。。
子供は来年、高校受験だというのに。。
それよりなにより、まだ40代の若さであまりにも早すぎる、そんなショックで目覚めた朝、
起きようとした自分の身体に異変。。。。。。。

左足に力が入らない。
左手だけに何か重い、違和感がある。
頭によぎったイビチャ・オシム氏のCM。

実は前日の夜にも左足だけに、力が入りにくいようなダルイような感じがあった。
その時はさほど気にもせず、長時間、膝の上に猫がいたから。くらいにしか
考えなかった。
ところが、この朝に感じた異変は「このままではマズイことになる」瞬時にそう思わせる、
切羽詰ったものだった。。。

義姉のこともあって家の中はバタバタしていたけれど
同居している母親に付き添ってもらい病院へ。

CTの結果では、まだはっきりとした影はなく、症状から判断しての脳梗塞ということで
その場で入院ということになったけれど。。。

慌てた。

そのつもりで受診していなかったから、まず身の回りのものがない。
猫ふたりと犬ひとりが気になる。
当然自分の今後が気になる。

さてどうしよう。。。


義姉が亡くなったその日に同じ病気、脳梗塞で自分が入院することになるとは。

まだ若い義姉の不幸、入院の慌しさに言葉を失いそうになったけれど、
喪失感の漂う、その空気がイヤでわざと冗談を言ったり、明るく振舞っていた。
本当は、どうしていいか判らないくらい動揺していたのに。

医者には、
今の左側の手足に出ている脱力感が改善されるか、症状が進んで悪化するか、
どちらになるか現時点では予測できない。と言われた。
なにしろ、この日の血圧は上が230(下は忘れた)という高い数値。
この血圧の高さが諸悪の根源である、ということだけはどんな無知な人間にでも、
容易に理解できるくらい高い数値だ。

肝心の治療はというと、脳にできたであろう血栓を取り除くための点滴を朝夜2回。
血圧を下げるのは、この緊急な処置をしばらく続けてから、退院後に内服薬を開始。
というものだったが、この点滴。あまり好きな人もいないと思うけれど私の場合は、
「点滴をする」と聞いただけで憂鬱になるくらい苦手なのだ。

血管が細いがゆえに看護士を手古摺らせ、
こちらは痛い思いを我慢しているにもかかわらず何だか申し訳ない雰囲気になるし、
大量の水分が体内に取り込まれることでトイレが近くなって、でも、
針が刺さった腕では用を足しづらい。このストレス満載な時間を、
じっと耐えなければならないものだから、物凄く物凄く苦手だ。

点滴の苦痛。入浴できない不快感。プライバシーの隠しようがない院内生活。
これらを我慢しながら、最短で1週間。
症状の推移を診るために入院するということになり。。。

経過を整理すると
3/29火曜日入院。
翌日には、ほとんど元通りに手足が動くようになるも、
4/1金曜日に再度CTを撮った結果、当初見えなかった影を確認。
やはり脳梗塞をおこしていたことが判明。
ただ、幸い顔面に引き攣りもなく言語に障害もなかったので、全体の症状としては軽度、
後遺症というほどの不自由もない、ということで、
1番短い1週間、すなわち4/5火曜日退院と医者から言われた。

それなのに。。。私は。。。

たった少しの時間も我慢できず、4/3日曜日に家に帰りたい、自由になりたいと、
もうほとんど、ダダッ子のように訴えて、半ば強引に3日(日)午前中退院してしまったのだった。

本当はまだ、完全に回復していないのに。。。。。。。


4/3日曜日に帰宅したのはいいけれど、案の定、家の中を歩くことすら心もとない。
2日早めて退院することに反対した母親の前では
何でもないような顔をしているが、内心は左足の頼りない感触に怯えている。
といっても病院に居たところで、あと4回点滴を多くするだけのことなのだけれど。
医者にも看護士の皆さんにも「大丈夫」とごまかして、
本当はまだ少し、力が入りにくいことを言わなかったことが、
誰にということでもなく何か後ろめたいし、正直なところ不安だし、歩くことが怖い。

いい大人がワガママを言って、耐えられるはずのことを我慢できなかった代償が
この後ろめたさと不安なんだろうと思うと情けない気がしてくる。
ネットで調べてみると、脳梗塞の治療は軽度であっても初めの1週間が
やはり大切らしいから、たった2日と思っていた自分が悔やまれる。
もし、何かが起きてもそれは幼稚な嘘をついた罰だろう。
自分の気持ちを優先させた私。。。

3週間前の東日本を襲った大地震と原発事故。
多くの尊い生命が失われた哀しみは日を追うほどに傷を深くしている。
そんな中、東京ワールドが中止になったことを私は、酷く嘆いていた。
被災された方々を見舞う気持ちは当然あるのだけれど、
正直な胸のうちには、何故この時期に。どうして。どうしてという気持ちを
拭えずにいた。
自分の気持ちを押さえられなかった私。。。

あの大地震と原発事故さえなければと恨みがましく思っていたが、
震災がなければオシム氏のCMがあんなに何度も放送されることはなかっただろうと思う。
おそらく私は自分の異変をやり過ごして、もしかすると
こうしていることも叶わなかったのかもしれない、とさえ思う。
あってはならない廻り合わせとしか言いようがない。
廻り合わせといえば義姉のこともそう。
身内のなかで同じ脳梗塞になることはあっても、
不幸が起きてしまったその日、バトンのように発病するなんてことがあるだろうか。
気の良い義姉が「気をつけてね。用心してね。」と伝えてくれたかのように。


大好きな安藤選手が「一瞬一瞬を大切にして、これからも頑張っていく」と
バンクーバー五輪のあとに話していたけれど、
その意味が今ようやく実感となって、本当に身にしみて分った気がする。

生きているということ。

幻に終わった東京ワールドに執着したことも
ワガママを言って医者のいうことを撥ね退けて家に帰ったことも
生きているからできたこと。

可愛い猫と犬に囲まれていながら時に振り回されて愚痴ることも
安藤選手のことで四六時中いっぱいになっていることも
愛する家族の顔を見て言葉を交わすことも
こうしてPCのキーボードに手を乗せていることも全て
生きているからできることなんだ。



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2011年03月25日

幻の東京ワールド

2011年3月25日 午前11時。
本当なら今頃、関西空港から東京、代々木競技場へと向かっている頃だったと思う。
あの地震さえなければ。

東日本を襲った国内観測史上最大の地震は、その地震の揺れの凄まじさで倒壊したというより、
想定を遥かに越えた大津波と、そのあとに発生した大火事により壊滅的被害をもたらした。
TVに映し出された光景は、戦争で空爆を受けたかのごとく悲惨な瓦礫の山、もしくは、
何ひとつない、まるで更地のような、あるいは廃虚と化したゴーストタウンのようだった。
あの日、いつものように日常を生きていた尊い生命が一瞬に奪われてしまった。

根こそぎ大波にさらわれた、かけがえのない生命のそれぞれに、ささやかで、愛おしい日々の
営みがあったこと。美しい景観がそこにあったこと。目を覆うほどの惨状を前に、
それらを無くした哀しみは、あまりにも深い。

人も家も車も、建物も道路も家畜も、
この世に生まれて、まだその足で大地を踏みしめることもなかった乳児までも。
全てが嘘のように、消えてしまった。

さらに、
地震発生から程なくして福島第一原発の事故が起き、
被災地に追い討ちをかけるように言い様のない恐怖、不安をもたらしている。
この原発事故ほど、余計で、憤慨極まりないものもない。

放射性物質が漏れ出すことへの恐怖だけにとどまらず、
東電供給地域の輪番停電なるものも実施され、首都圏までも大混乱に陥った。

予定されていた各イベントも中止、自粛を余儀なくされたが、
東京開催のフィギュアスケート世界選手権も例外ではなかった。
これは、原発事故が発生したことによる、人体への危険を回避したもので、
地震が起きて以来、どうなることかと気をもんでいたが
14日に正式に延期が発表された。

東京ワールド。
私は、ある方のご厚意により観戦できることになった。
女子ショート。フリー。エキシビジョンの3DAYS。
入手困難だったチケットはもとより、遠方だということでホテルまで用意してもらっていた。
そう、
愛してやまない安藤選手に会えるはずだった。
「大好きな美姫ちゃん」と同じ時間をもつことができたはずだった。
一生忘れることのない宝物のような思い出ができるはずだったのだ。

幸せを目前にして断ち切られた無念。
これは、本来ならば胸のうちに留めておかなくてはならないもので、
こうして開陳することは許されることではないが、
ただ残念というような言葉では到底言い尽くせない思いが私の中で押さえきれないのだ。

今季のワールドはモスクワ開催が決定した。行けるはずもない遠い遠いモスクワで。
もしかすると来季は日本で、という有り難い話もあるようだが、私の気持ちはおさまらない。

来季、日本でワールドが開催されたとしても、安藤選手が出場する保証はない。
ファンの間では休養をとることは知られているし、仮に出場したとしても、
運良く観戦できたとしても、今回のような特別な、いわば奇跡のような機会など、
もうこの先二度とないだろう。

この胸の中のどうにもならない残念極まりない思いを、どこかに吐き出したくて
このブログに記している。
泣きたいけれど涙が出ないのは、
未来のある小さな生命まで消えてしまったことが、あまりに心に痛いからか。。。


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2010年12月18日

Miki's 23rd BIRTHDAY

image6.jpg


天声煌めく

明日への扉は 内に秘めた自らの才を 呼び覚ますことで拓く
 
眠れる氷上の美しい姫が 真の姿で眩いまでに煌めくために

HAPPY BIRTHDAY MIKI


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2010年07月01日

サヨナラ安藤美姫〜新しい安藤美姫に出会うために(あとがき)

後から読み返してみると、随分と辛口な内容だと思った。
このたびのオリンピックもワールドも否定しているように見えなくもないが、
私は決して安藤選手個人を否定しているのではない、むしろ、あの素晴らしい演技に
感動して涙にくれていたのだから。
云いたかったのは、彼女に対しての理不尽な採点のされように憤りを感じたことと、
そんな逆風をはね返すほどの強い気持ちで、自分自身の可能性に挑戦し続けて欲しいということ。安藤選手の挑戦は必ず結果にも人の心にも残るものとなるはずだから。

余談になるが、 4 月 18 日に STARS on ICE (大阪市中央体育館)を
いつものように夫と 2 人で鑑賞してきた。
安藤選手はオリンピックの時に身につけていたエメラルドグリーンの衣装で
「クレオパトラ」を披露してくれた。
ナイル川の水面のように幻想的な照明の中、絶世の美女クレオパトラが出現したかのように、
それはそれは美しく、4 連続ジャンプを目の当たりにした時には彼女の能力の高さに驚愕した。素晴らしかった。

「ありがとう、美姫ちゃん」

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2010年06月30日

サヨナラ安藤美姫〜新しい安藤美姫に出会うために

オリンピックから 4 ヶ月、世界選手権から 3 ヶ月の月日が流れた。
どう言葉にすればいいのか判らなかった。
思いのまま胸の内を綴れば大切な人に迷惑をかけるかもしれないし、あらぬ誤解を招くことにもなりかねない。
頭を支配した言葉は収拾がつかないまま時は過き、結果的にその過ぎた時間が、
今ようやくブログを再開する気持ちにしてくれたのかもしれない。

バンクーバーオリンピックが私にくれたもの。
それが何であったのか今さらツラツラ書いたところで、もはや 2010〜2011 のグランプリシリーズの派遣先まで決まった今では、時すでに遅しで興醒めもいいところ。
では何を書くか。
正直に云うと実はまだ、記事にするような文章として何らまとまっていない。
そしておそらくこの先も、このたびの五輪については真っ当な記事は書けないと思う。
それでもブログを再開しようというのだから、少し強引な気がしないでもないが。



オリンピックの開会式は、あのトリノ五輪からよくぞここまで辿り着いてくれたと、
安藤選手のこれまでの苦難の道のりを思いかえしながら自然と涙がこみあげた。
加えて、数日後に迫った競技本番に気持ちは先走り、高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。
体調を崩さずに、いい緊張感を保ちながら無事に当日を迎えて欲しいと、
ただひたすら祈りながら。

今回のオリンピック、フィギュアスケート女子シングルのショートプログラムが行われたのは日本時間 2 月 24 日の昼前後。
会場となったバンクーバー、パシフィック・コロシアムがテレビに映し出されたときには現地では雨が降っていた。
空に向って安藤選手へ届くよう願いを込めたが、雨は意地悪くその想いを遮ったのかもしれない。いや、そんな生易しいものではなかった。
60 点台後半、70 点近く出ると思われた渾身の演技「レクイエム」のスコアが出た瞬間、安藤選手の表情が強張ったように、私の心も凍りつき、あの瞬間から思考が狂い始めたのだから。
4 年前、トリノ五輪のフリーの演技は日本時間で 2 月 24 日早朝だったが、
バンクーバーの「 2・24 ショック」はトリノのそれより、一段と複雑な感情のなかで、
どうにも昇華されずに今日まで引きずり続けることになってしまったのだ。

安藤選手の会見のなかに、すべてが凝縮されていた。
「点が出すぎだと思った試合もあったし、もうちょっと出てもいいと思った試合もあった」
これは選手の言葉だけに留まらず、八木沼純子さんの解説からも採点基準の曖昧さを感じざるを得ず、不可思議な疑問というより理不尽な結果として私を悩ませ、
ISU 、JSF 、果ては憤りの矛先をコーチにまで向けてしまった。
策士といわれる程のモロゾフコーチをもってして、戦略に間違いはなかったか、十分なコレオであったか。
そもそも「レクイエム」ほど荘厳で神聖なプログラムを 2 分 50 秒という短い時間、
ショートプログラムにしてしまうことに無理はなかったか。
「ボンドガール」に対抗できたのは「スパイダーウーマン」だったのではないかとまで思う始末。

26 日のフリーで、ほぼミスのない「クレオパトラ」を演じきった安藤選手に
歓喜とともに惜しみない拍手を贈ったにも拘わらず、私の心は澄みきった青空のように晴れることはなかった。

安藤選手は、オリンピック直後のインタビューで
「完ぺきな演技ではなかったが、4年に1度の舞台で最後はミスなく演技できて頑張ったと自分に云える。初めて心からスケートをやっていて良かったと思った」と振り返り、また、
「今回感じた幸せを忘れずに、人とのつながりを大切にしていきたい」とのコメントもあった。

私のなかの悔しくてならない想いと、安藤選手が得た達成感には、大きな隔たりが存在していたのだ。
ショートプログラムで3―3回転に失敗し「凄く自分に対して悔しかった」と云った言葉のように、悔しさを溢れさせた安藤選手ならば、気持ちの整理のしようもあったのかもしれない。
そのことが、採点に対して納得のいかない私を余計に混乱させた。

支えてくれる人、応援してくれる人に感謝の気持ちを込めて滑ったと話した安藤選手。
4 年前の恐怖心に打ち勝ち、足の竦むような緊張をも克服して見事に成長を遂げた安藤選手のこんなにも誠実で、清々しい姿勢に「ありがとう」の言葉しか云えず、
口惜しい想いに苛まれていた。

3 月の世界選手権は、ショートで 11 位と出遅れるも、
フリーは「見る人の心に残る演技をしたい」と計 7 度のジャンプをすべて着氷する圧巻の演技で、最後のポーズでは大きく口を開けてリンク上に笑顔を弾けさせた。
「スピードも出ていたしバンクーバー五輪よりいい気持ちで終われた。精神的に弱い自分に区切りをつけたかった」の言葉どおり、安藤選手を長く苦しめたオリンピックと、
4 年前の五輪と同じ会場のトリノの地の呪縛から、これでようやく解放されたのだった。
憑き物が落ちたような喜びと、演技中に見せた何ともいえない愛らしい表情とラストのビッグスマイルに一時、凍てついた心も溶かさせたが、
それでも、私の心に雨上がりの虹がかかることはなかった。

バンクーバーオリンピックもこの大会でも、表彰台に上がる選手は
初めから決まっていたとしか思えない採点のされようだったからだ。

安藤選手はよく「結果だけではない。人に伝わる演技をしたい」という趣旨のことを口にする。
ショートに選んだ「レクイエム」は、逝ってしまった大切な人たちへ祈りを捧げたもので、同じような哀しみをもつ人々の心に響く、安藤選手だからこそ演じることの出来たプログラムだった。
そこに、どれほどの想いが込められていたかはいうまでもない。

安藤選手が求める人の心に伝わる演技。
そういう演技を望み、それが安藤美姫らしさだと、大勢のファンと想いを共有している。
というより選手が求めるものをファンも支持していたいと、意識的にそうしているのかもしれない。
だが、私の考えは少し違った。

ジャネット・リン選手が尻もちをつき、その笑顔の愛らしさは世界中の人々の心に残るものだったが、もしもあの時、表彰台を逃して惨敗していたとすると結果はどうだっただろう。歴史は変わっていたはずだ。

人の心に伝わる演技をするというのは非常に大切ではあるが、競技選手であれば当然のことながら結果も求められ、ファンが「応援する」という行為の根底には贔屓の選手の好成績を期待していることは否めない。
でなければ手に汗を握り呼吸も止まらんばかりに声援を送るのは、いったい何のためだろう。
選手のほうもスコアボードに一喜一憂するのは何のためだろうか。

今回のオリンピックに安藤選手が求めたものは、
感謝の気持ちをもって滑ることだったのか。
人に何かを伝える演技をすることだったのか。
トリノ五輪で自分の夢を叶えることに執着して失敗した悪夢を払拭することだったのか。
私の心がそう叫んだ。

以前、ブライアン・オーサー氏がこう語ったという。
「キム・ヨナが完璧な演技をすれば次元の違うものになる」
実際、2009〜2010 シーズンのキム・ヨナ選手は誰も追随できないと思わせるほど見事だったと認めざるを得ないし、
どの選手も持てる力を出しきったとき、素晴らしいものになるだろうことは判っている。

私は云いたい。
安藤選手が持てる力を出しきり完璧な演技をしたとき、
本来の安藤美姫らしさが姿を現したときこそ、
まさに次元の違う、誰にも超えられないものになると。

いうまでもないが安藤選手は国際大会で 4 回転ジャンプを成功させた唯一の女子選手である。
どういう理由か彼女に厳しい回転不足の判定に泣いてはきたが、
難しいとされるルッツーループの 3 回転コンビネーションも安藤選手ならではのジャンプだ。
さらに云えば 3 回転ジャンプはアクセルを除けば 5 種類で跳んでいる。きちんと矯正した文句のつけようのないエッジで。
こうした技術的なこともさることながら、最近では表現力においても安藤選手でなければできない、内から湧き出る魂の叫び、生命の鼓動を感じさせてくれる。
力強いジャンパーとしての天性の素質と、幾度となく降りかかった艱難辛苦を乗り越えてきた安藤選手の感性が実を結び、オーサー氏の云う完璧な演技に到達したとき、
どれほどの感動を覚えるだろうか。
想像して欲しい。
安藤選手がひとつひとつ、難しいジャンプを成功させ全てを解き放して活き活きと躍動する姿を。弾けんばかりの笑顔を。
それはきっと後世に語り継がれ、人の心に永く記憶される「伝説」になるだろう。

本物のアスリートだけが追求できる領域、他の追随を許さない次元の違う演技は、
安藤選手みずから求める、観る者の心に伝わる演技と必ずリンクすると確信している。

だが、そんな完璧な安藤選手に私はまだ会っていない。
今回のオリンピックで会いたかったはずの安藤選手とは、すれ違いに終わってしまった。

精神的に弱い自分に区切りをつけた安藤選手に吹いた爽やかな風は、
エゴを拭いきれずにもがいている私に吹くはずもなく、悶々とした日々を過ごした。
想いはすれ違っていたが、バンクーバーをひとつの目標にして今日までを生きてきたのだと思い知らされた。

安藤選手がいたから、夢を追いかけられた。



昨年、私は携帯を変えた。カラーはゴールド。
この春は携帯を手にするたびに待ち受け画面の金メダルを掲げた安藤選手に、胸がしめつけられたが、「本当の私は弱っちい」そう云っていた安藤選手が、
「精神的に弱い自分に決別」したように、
このブログを更新することで、ひとつの区切りをつけよう。

バンクーバーは通過点であったのだと。
本当のゴールは、まだ見ぬ安藤選手に会ったときなのだと。

安藤選手は未来に向けて、もうすでに始動している。

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2010年04月29日

2010 年 春

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ここ数年、2010 年の春を待ちわびて過ごしてきた。
あの日見た光景よりも、心奪われるほど美しく咲き誇る桜を想い描いて。



満開を告げた花びら達が無情の風雨に散らされ儚く忘れ去られても、
必ずや訪れる次の春へと新緑が息吹くように、あなたはきっと。

きっとあなたは私の心を震わせるように鮮やかな姿で帰ってきてくれる。


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2010年02月05日

空に向かって

このブログを始めて丸 2 年が過ぎた。
当初は、スケーターを応援するサイト「ラウンジ」が存在していて、
そこで書き足りなかった想いを自分のブログで表現したいという単純な動機と、
安藤選手を応援するサイトがいちファンの稚拙でちっぽけなブログであっても
少ないよりは多いほうがいいだろうという、これまた短絡的な発想から始めた。

ラブレターの如く想いを綴りだしたのはいいが、始めてすぐに気がついた。
云いたいことが云えないのは、
不特定多数の人間が書き込む「ラウンジ」だからではなく、
名の知れた掲示板だからでもないということ。
そんな至極当然なことを私はブログを始めてしまってから気がついたのだった。

勇んで取り組んだブログだったが思うように書き記したい衝動と、
ネット社会に潜む恐ろしさや様々な難しい問題とのはざま、微妙なバランスに
神経をすり減らすようにして綴らなければならなかった。
ただヤミクモに安藤選手を持ち上げたいだけではなかったが、
それでも時には注意をいただいたり、書き直しをしたことも幾度かあった。
本当に云いたいことは胸の内にしまい込み、
本心とは距離をおいた、何処かで借りてきたような言葉を並べて今日まで続けた。

ブログを始めてからの 2 年間、いや、あのトリノから 4 年、
この 4 年という月日に重ねてきた想いは到底ひと言では語り尽くせないが、
振り返れば、辛い涙を1つずつ1つずつ乗り越えてきた毎日だったように思う。
安藤選手にとっても、私自身にとっても。

私的な話になるがこのブログを始めたちょうど 2 年前、
最愛の息子の親友が 21 歳という若さで他界した頃、
大切に想っていた或る女性との別離もあった。
当事者である息子も春から東京の学校へと行ってしまい茫然自失状態の私。
そんなことがあったからか、あちこち悪いところが出てきてしまった。
年齢のせいにしたくはないが体調の良い時のほうが今では少ないくらいだ。
また、この年末年始には新型インフルエンザに感染し、
それ以来すっきりしない状態がダラダラと続き
キーボードを触ることすら億劫になってしまった。

人の心と肉体との相互作用は切っても切り離せないとはこのことで、
嬉しかったり楽しかったりすると俄然、身体中にパワーが満ちてくるものだが、
哀しみや怒りの感情からは心地良いものは何ひとつ生まれてこないどころか、
塞ぎこんで精気を失い、どうかすると何も手につかない状態に陥る。

一般人の私でさえ数年のあいだにイロイロと経験せざるを得なかったのだから、
世界を相手に闘うトップアスリートの安藤選手とそのご家族のこれまでの心労は、
筆舌に尽くし難いものがあったに違いない。
それでも安藤選手は降りかかった哀しみを乗り越え、痛みを克服し、
不当な評価にも耐えて、何度も何度も何度も甦ってきたのだ。
私の流した涙など、安藤選手が辛酸を舐めて流した涙とは比べものにもならない。



人は心の傷をどんなふうに癒し、乗り越えていくのだろう。
米国に発つ前、安藤選手は荒川静香さんに「トリノのトラウマを克服したい」
と TV のインタビューで打ち明けた。
これを受けて掲示板では励ましの書き込みが多く寄せられ、それぞれが
それぞれの考え方で、安藤選手のためになるならと親身になって
精一杯の想いを込めて書き込んだ。
先のオリンピックで経験したもの。
トリノ五輪での結果から生じた、風評で傷ついた心。
安藤選手の心に刻まれた傷口は計り知れないほど大きなものだったのだ。

トラウマを克服するのは容易ではないだろう。
振り払おうと、もがいたところで、
そのことに執着したばかりに這い上がれない状況に陥るかもしれない。
時にフラッシュバックする根深いトラウマならば
無理に克服しようとは考えずに全てを受け入れて、
結果、今の自分があるのだとは思えないだろうか。
哀しみも痛みも、流した涙さえも、
今の自分がこうしているための必然だったのだと思えないだろうか。

私は未だ、もう逢うことのない人への惜別の想いのなかにいる。
忘れようにも忘れられずに、涙のなかにいる。
辛くて辛くてどうしようもないが、
きっとこの先も、その面影が消え去ることはないだろうから
上手く付き合っていこうと思っている。

安藤選手の場合、そう簡単なことではないと察するに余りあるが、
悔やむ気持ちも、過ぎた日を愛おしむ気持ちも、
今の自分を育てたのだと受け入れ、ありのままの自分を愛すればいいと私は思う。
幸い渡米してからは、環境にも恵まれ心身の充実もはかれたようで、
気をもんだファンの多くは一様に胸を撫で下ろしただろう。

一般に、私たちが報道を目にする頃には、
当の本人は次のステップ、さらなるステージへと移動していることが多い。
ファンが心配している時には、選手はすでに力強く先へと歩み出しているようだ。
また、期待を膨らませ過ぎたファンがテンションを高くしていると、
選手の方では、新たな問題を見つけてしまっていたりするのかもしれない(笑)
それでも、悩みに悩んだ末には新たな 1 歩を踏み出しているのだろう。

話は変わるが、
ここへきてニコライ・モロゾフコーチの「キス・アンド・クライ」が出版された。
それによると安藤選手は 4 年後のソチ五輪にも意欲を示しているという。
とすれば、心配でならなかった右肩の具合は、
今にも壊れそうで深刻な状態ではない、ということか。
何度も安藤選手を苦しめた右肩であったが、
ソチへの出場が実現するかどうかは別としても、切羽詰った故障でないとすれば
嬉しい。



安藤選手はファンの気持ちを大切にしてくれるスケーターだ。
そんな安藤選手だからこそ応援をする側は、
自分達の気持ちはいいから安藤選手の思い通りにしてくれるのが 1 番嬉しいと云う。
それを受け「五輪には、応援してくれる人の気持ちをもっていきたい」と
安藤選手が応えてくれる。
その気持ちが嬉しくて、自分自身のために滑って欲しいとファンが挙って口にした。
お互いを思い、お互いに出来る限りのメッセージを届けあう。
こんな素敵な関係を築いてくれた安藤選手に、心から感謝をしたい。
私たちの気持ちはもう、五輪までもっていってくれたから十分、と伝えたい。

3 週間後に迫ったバンクーバ−五輪。
傷つき泣いて、闇のような苦悩の日々を潜り抜けてきた安藤選手。
万がいち、問題が発生して悩んでいたとしても、
もしも不安が襲ってきたとしても、
リンクに立った時には全てをニュートラルにすればいい。
応援するファンの気持ちも、その瞬間には忘れてしまっていいのだ。
全てを脱ぎ捨てた、ありのままの「安藤美姫」を解き放して爆発させて欲しい。

云い尽くされた言葉だけれど。
リンクに立った安藤選手の心が澄みきっていることを願って、
想いを繋いでくれる空に向かって、私もまっ新な気持ちで送ろう。

「美姫ちゃん、ガンバッ!」


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2009年12月30日

09 全日本の安藤美姫

12 月 26 日 全日本選手権 SP の日。
関西国際空港の対岸に位置する、りんくうタウン駅から程近い駐車場に車を停めて、
JR 、地下鉄と乗り継ぎ、門真南駅で下車。開催地は、なみはやドーム。
ここまで辿り着くのに 2 時間半もかかってしまい、
女子選手の練習には間に合わず、
会場入りした時には男子選手が FS の曲かけをして練習をしていた。
私と夫の席はスタンド S 席 E-17 列 36 番 37 番。
ジャッジ席とは反対側のかなり後ろのほう。
モニタースクリーンを横から覗く位置なのでスコアが非常に観づらく、
キスクラも同様に横側からなので選手の表情どころか、
姿さえも目にできない席だった。
ただ幸か不幸かリンクからは距離があるため
想像していたほど、寒さに震えることはなかった。

安藤選手の登場は 28 番目。
この席からだと遠目でしか観ることができないと思い、
6 分間練習だけは、関係者席に近い通路で立ったまま応援することにした。
この日の最終グループ、レクイエムの衣装を身に着け、
先頭を切ってリンクに飛び出してきた安藤選手が
凄いスピードで私の前を滑走していく。
その表情は穏やかに落ち着いていて、事も無げにジャンプを決めていた。
大丈夫。調子は悪くない。そう確信して競技本番のために私達は席に戻った。

安藤選手の SP。
冒頭のコンビネーションジャンプはセカンドが 2 Lo になり、
レイバックスピンとステップでレベルを落としてしまったが、
その他のエレメンツは綺麗に決めて、PCS でも 8 点台が多く、
結果 68.68 で首位とはわずか 0.44 差の 3 位という位置につけた。

「レクイエム」を初めて生で観た私は、
安藤選手が滑り終えた瞬間からポロポロと涙がこぼれて、
隣にいた男性に顔を覗き込まれるほど、しゃくりあげるように号泣してしまった。
何故だか解らない。
無事に滑り終えた安堵感からなのか、
遠目でも安藤選手の笑顔を感じることができたからなのか、
荘厳な PG に圧倒されたせいなのか、
とにかく猛烈に感動して、一時その余韻に何もかも忘れて浸っていた。

女子の SP が終わったあとは男子の FS を観戦するつもりでいたのだが、
安藤選手の演技に満たされたままでいたい、そんな衝動は拭えず、
余韻に浸ったまま、その日は岐路に着くことにした。

翌日 12 月 27 日 FS の日。
実を云うとこの日は当初から予定していたわけではなく、
ある方のご厚意で急遽、観戦することになったのだった。
嬉しいサプライズと共に手にした「プラチナチケット」で。

一般道を走ること 3 時間半。
3 時間 30 分といっても途中、寄り道をしたり休憩をとったりしたので
実際に所要した時間は 2 時間ちょっとだったのかもしれない。
それでも大阪の南のどんつきからでは、随分と時間を要するものだ。
やはり練習時間に間に合わせることができなかった。
この日の私達の席は、スタンド SS 席 A-2 列 18 番 19 番。
ジャッジ席のすぐ後方、解説の荒川静香さんの綺麗な横顔まで楽しめる、
私達にとっては非常に有難い「特等席」での観戦となった。

最終グループの 6 分間練習も終り、いよいよ安藤選手が登場した時は、
前滑走者、中野選手が演じた「火の鳥」の、この大会にかけた熱い想いが
いつまでもリンクから消えず、何かざわついた、ちょっと異様な雰囲気に私は
少なからず不安を覚えた。

安藤選手の FS。
得意のルッツでは回転が足りず、
トーループからのコンビネーションも着氷が乱れ、単発になってしまう。
ダブルアクセルも回転不足になり、後半の得点源でのミスがこの日は痛かった。
ステップでは観客から手拍子をもらい、後押しされながらも何かしら元気がなく、
スコアも 116.76 と伸びなかった。
その結果トータルで 185.44 となり最終順位は 4 位。
五輪前の大切なこの全日本で、表彰台を逃してしまったのだった。
中野選手と鈴木選手の熱い熱い想いと、
すでに五輪に内定している安藤選手の違った緊張感には、
微妙な温度差があったのかもしれない。

バンクーバーへは安藤選手は勿論のこと、鈴木選手も代表に選ばれた事は嬉しい。
選手生命も危ぶまれるような怪我、あるいは摂食障害で、
リンクに立てない辛さ、思う存分練習できない苦しみを乗り越えてきた選手にこそ、
ドラマがある。スケートを諦めなくて本当に良かったと、
心からの拍手をもって五輪へ送り出してあげたい。


さて。

この度のなみはやには生涯忘れることのない出会いが私達を待っていた。

「安藤美姫物語〜I believe 」を執筆された漫画家の折原みと先生が
バナー持参で応援に駆けつけてこられていた。
いきなり話しかけたにもかかわらず、
優しい微笑みを絶やすことなく気さくに応じて下さった。
その傍らには、難病に苦しみながらも懸命に生きた
各務宗太郎くんのお母様も安藤選手の激励のためにこられていた。
そして云わずもがな、安藤選手のご家族の方がたも。
その皆さんが、こちらが恐縮してしまうほど、とても優しく接して下さった。

表彰式をはさんで、代表選手の正式発表がリンク上で行われていたが、
私達は時間の都合もあり、安藤選手の挨拶だけを聞いて、
誰ひとり席を立つ者もいない中、ひとあし先に表に出た。
誰もいないはずのロビーに、
たった一人ぽつんと佇んでおられる女性がいた。
私達はそれが誰なのか瞬時に理解できた。
そして何故そうされているのかということも。
安藤選手のお母様は、顔見知りになったファンの人たちを
丁寧に丁寧に一人ずつ見送るために、待っておられたのだ。
正面の扉から冷たい風が吹き込む寒いところで。

「代表おめでとうございます」と御挨拶をして、
その場を離れ振り返ったら、こちらを向いておられた。
そして最後にもう一度頭を下げてくださった。
その姿に思わず涙が溢れ、胸がしめつけられるように、私の心が泣いた・・。

安藤選手のスケートには心がある。

どうしてそう感じるのかが解ったような気がした。

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2009年12月18日

Miki's 22nd BIRTHDAY

rose2.jpg

GPF 初の表彰台と五輪内定おめでとう

AND

HAPPY BIRTHDAY

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2009年11月10日

夜の女王とレクイエム

過去の嫌なジンクスを破り、念願であった NHK 杯を制したことと、
五輪選考にも影響する GP ファイナルへの出場資格を得たことに
安堵した優勝だった。
大切な試合、大きく崩れることもなく結果に繋がり、良かったと思う。
ただ、課題も多々残された、苦い優勝でもあった。

安藤選手の談話に度々見受けられる「自分らしく」という言葉。
この「自分らしく」とは、一体何であろうか。

NHK 杯、SP では気持ちが入らなかったことを悔やんでいたが、
それには 3 回転の連続ジャンプを控えたことに気持ちの揺れがあったと聞いた。
大会前、スピンやスパイラルを重点的に練習し、
さらには表現力に磨きをかけて Program Components の強化に取りくみ、
結果、おおむね 7 点台という評価も得られた。
確かに現行の採点方式ではリスクの大きい高難度ジャンプに執拗に拘るよりも、
POS で高い評価を得ることは重要だし、
芸術性の優れた演技は、フィギュアスケートの魅力ともいえる。

だが安藤選手には、安藤選手にしか出来ない高難度ジャンプがある。
トリプルルッツ、トリプルループの連続ジャンプ。
そして、4 回転も。
そう。「ジャンプの安藤」を忘れないでいて欲しいのだ。

このたびの大会の消化不良は自分らしさに欠けた演技。
自分らしさとは何であるか、安藤選手が一番よく知っている。
その上で、技術、芸術性、両方を兼ね備えなければならないこと、
その難しさを今まで以上に、より現実的に、認識できたことは安藤選手にとって、
課題が明確である分、良い収穫だったといえるのではないか。
曖昧な気持ちを引きずったままにせず、
コーチとよりいっそう真剣に向き合って自分らしさを追及していって欲しい。


さて。話は変わるが。
ロステレコム杯直前に SP が変更されて以降、
私の中では思考が止まり、煮え切らないまま、悶々としたものを抱えたまま、
この 2 大会を見守ることとなった。
それこそ消化不良をおこした状態で観戦するに至ったのだ。

「Queen Of The Night」から「REQUIEM」への変更。
「Queen Of The Night」(夜の女王)では、
観客の理解を得るのが難しいのではないかという懸念と、
楽曲よりも安藤選手のインパクトが強すぎるからとの判断で変更されたと聞く。
私は首をひねった。
解り易さやストーリー性の有無が、それほど重要だろうか。
本人のインパクトが強すぎると曲の「面白さ」まで台無しにしてしまうだろうか。

昨シーズンの「交響曲第 3 番オルガンつき」は、明確なストーリーが
あったわけでもなく、特段に解り易い曲というものでもなかったはずだし、
曲よりも選手のインパクトが強いという点に、問題があるとは思えない。
楽曲を安藤選手の想いのままに、大胆に創り上げていく、そうすることで、
「夜の女王」がもつ独特な個性も引き立たせることができるのではないか。

単調に繰り返される不気味な旋律を上手く利用して、安藤選手の色に染め上げ、
妖艶な魅力を最大限に活かすことができれば、
これほどカッコ良くて、強烈な PG はないだろうと思う。
さらに「夜の女王」なら、決められたエレメンツを
余裕をもって組み込めるのではないだろうか。
想像力を膨らませ、安藤選手の想うがままに、思う存分演じきることが出来る曲。
そう思えてならないのだ。

それと「REQUIEM」もまた同様に、もったいないと思った。

Ice Jewelry 2009、あるいは THE ICE で魅せた「REQUIEM」。
あの感動の演技を採点の対象 にしてしまうことに少なからず抵抗を感じた。
ショーで魅せた、冒頭の頭を抱えて 5 回まわり、両手でバンッと決めるところ。
空に向けた両手を広げながら走るところ。
倒れこんだのち、右手で何かを追うようなしぐさ。
安藤選手の驚愕や哀しみや追憶の感情が込められていた振り付けが、
2 分 50 秒の SP では端折られてしまった。
「REQUIEM」は鎮魂の楽曲だ。
髪は下ろしたまま。スカート部分は長め。照明はピンスポット。
そのすべてが先のショーで素晴らしかっただけに、もったいなくて仕方がない。

judgment すら及ばない領域。安藤選手の神々しいまでの美しさ。
私は五輪の EX で、最後の最後に、この「REQUIEM」を観たい。
安藤選手が競技を超えて、魂を込めた祈りを捧げる、感動のステージで観たいのだ。


・・・・と好き勝手なことを書いてしまったが、
悩みに悩んだ末、恐れながら進言しておきたかった。
ファンの声に耳を傾ける心優しい安藤選手に、戸惑いを誘うようなことを
云いたいわけでは、決してない。
SP に迷いがあるのなら、原点に戻って考えてみて欲しいのだ。
ジャンプやスピンといった各要素を無理なく組み込める PG 。
「REQUIEM」に込めた特別な想い。
心から滑るとは、どういうことか。
もういちどコーチと、戦力も含めて考えてみることも必要だと思う。


安藤選手が自分らしく、リンクの上で笑顔をみせてくれることを願って。

posted by マキティ at 23:22| Comment(13) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

GPS 2009

美姫ちゃん ロステレコム杯 NHK 杯
優勝おめでとうございます !!



posted by マキティ at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月06日

Queen Of The Night

10 月 3 日、さいたまスーパーアリーナにてカーニバル・オン・アイスが行われた。
安藤選手は今季の SP「 Queen Of The Night 」を披露。また、
クレオパトラをテーマにした FS の演技も、アンコールの短い時間ではあったが、
ベールに包まれていたその姿を観衆の前で披露した。

TV 放映された翌日、安藤選手から SP について
「ファンの目から観て、どう思うか教えて欲しい」といった趣旨の書き込みが
掲示板に挙がった。
私も 2 度ほど書き込みをしたが、怒涛の如く寄せられた多数のメッセージには、
どれもこれも安藤選手への溢れんばかりの熱い想いが込められ、
中には思わず涙するような愛情に満ちたものもあった。

「Queen Of The Night」は
映画「英国式庭園殺人事件」の音楽、作曲はマイケル・ナイマン氏。
繰り返されるフレーズが不安を煽り、不気味な妖しさ漂う私好みの楽曲だ。
衣装は黒と紫を基調に胸元にはクモの巣、さらに大きいクモのフィギュアをつけ、
クモの糸が光って見えるような工夫も施されていた。
この独特な音楽と衣装にファンが感じた印象は、肯定、否定的と 2 つに分かれた。

人には、
太陽が放つ眩しい光、曇りのない煌びやかな表の世界もあれば、
闇夜に彷徨う得たいの知れない翳、裏の世界も心の中に存在する。 
そして、翳の部分を隠そうと、在りもしない虚構をちらつかせ生きている。
本性を曝け出せ、嘘を暴いてやろうと云わんばかりに、挑発するもの・・・。
私はそういうものを、このPG から感じた。

人の心の奥に棲む闇。その象徴がクモのような気がしたのだ。

罠から逃れようともがく人間の業の深さを、嘲るように不敵な笑みで、
安藤選手には演じて欲しい。
美しい毒グモに惑わされるまま、スリリングな世界へと吸い込まれたいのだ。 

そして、この PG を演じきるのは安藤選手より他にないとさえ思っている。
綺麗ごとを並べて近づいてきた揚げ句、あっさり裏切っていった者たち。
金にものを云わせて、薄汚れた裏社会で不穏な動きをする者たち。
不当な仕打ちに何度となく悔しい思いをさせられた安藤選手ならば、
陥れられた暗闇を知っているからこその演技ができるのではないかと思う。


カーニバル・オン・アイスの会場では、曲かけの不手際があったと聞いた。
加えて時差による極度の疲労のせいか、満足のいく演技ではなかったようだ。
それは敏感に観衆にも伝わってしまう。
あまりにも意表をついた PG に戸惑いもあったのかもしれない。
ファンのなかには、オリンピックシーズンには適わないという声もあった。

だが、五輪の舞台が、初めて演ずる場面だろうか。
その前にはグランプリシリーズもあれば、国内では全日本選手権もある。
この PG がその頃までに、どこまで妖しくも独特な世界観を広げられるかは
安藤選手しだいなのだ。


「 Queen Of The Nigh 」夜の女王。
その象徴とされるクモが織りなす闇の世界が、
このまま閉ざされることのないよう願いたいものだ。
そして演じるならば、
徹底して妖しい「 SPIDER WOMAN 」を演じる安藤選手が観たい。

posted by マキティ at 23:38| Comment(13) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月26日

強い気持ちで〜安藤美姫

今年は冷夏といわれた。
さほど気温が上がらなければ、そういうことになるのだろう。
だからといって、暑さが凌ぎやすかったわけではなく、
鬱陶しくジメッとした、梅雨のように蒸し暑い日が続いた。
わが家では、私が腰を痛めたり愛犬がヘルニアになったりで、
これといったイベントもなく静かに「らしくない夏」が過ぎ往くのを見とどけた。

9 月も終盤になると、さすがに朝や夜は涼しくて秋の訪れを感じるが、
そうなってくると、いよいよ来るべきシーズンが目の前に迫ってきて、
胸の奥がザワザワ騒がしく、何ともいえず落ち着かない。

辛い結果に終わった 07〜08 シーズンも
どん底から這い上がった 08〜09 シーズンでも
ここがゴールではない、全てはまだこれからと、
心のどこかに、ほんの僅かながら余裕のようなものが私の中にあった気がする。
だが、今季はそうは云っていられない。
待ったなしの、オリンピックシーズンが廻ってきたのだから。 

カウントダウンで息苦しくなった胸を、メディアが挙って逆なでしてくれる。
些細なことに、見えない何かに、わけもなく脅えてしまう。
得体の知れない恐怖に押し潰されそうで何処かへ逃げ出したくなる。
ときおり、そんな気分に苛まれるのは私だけであろうか。
今季を楽しみにしているとファンの声が聞こえてくる中で、
臆病で心配性の私だけが、この時期になっても、いまだ臨戦態勢をとれずに
とり残されている気がするのだ。

選手を応援するブログで、こんな弱気なことを呟いていいのか。
何故、不安を煽るようなことをわざわざ発言するのか。
その答えはいたって簡単。
今ここで、胸の内のネガティブな部分を吐き出しておきたい、それだけだ。
本格的にシーズンが始まれば、
(あの時に何をすべきであったかなどと後ろを振り返ることも)
逃げ出すことも、弱音を吐くことも出来ないからだ。
私はこれを自分自身にいい聞かせておきたいと思う。

安藤選手には千載一遇の好機を逃すことのないよう、
残り僅かとなった貴重な時間を大切に、
大切に過ごしていただきたいと心の底から願う。
来るべきシーズンへ向けて、
準備万端ぬかりなく、強靭な身体と誰よりも揺るぎない精神で臨んで欲しい。


さて。
先週末( 9/19 )ISCC(コネティカット国際スケートセンター) での
New England Competitor Exhibition において
安藤選手は今季の SP を披露したとのことである。
続いて今週末( 9/26 )には、
Stars, Stripes & Skates( Danbury Ice Arena )への出演。
さらには、さいたまスーパーアリーナにおいて
カーニバル・オン・アイスに出演が予定されている。( 10/3 )

競技やショーの前には、選手の談話を耳にする機会も多く、
安藤選手はオリンピックに対する意気込みを「前回より何百倍も強い気持ち」
とし、また、
「大事なシーズン。しっかりとした気持ちでハードに練習しないといけない」
との言葉もあった。

振り返れば、主力選手として注目を浴びるようになって以来、
その発言にも多くの関心が寄せられ、
嬉しくない事態に陥ることも少なからずあったように思う。

思っていることと、咄嗟に口をついて出た言葉が上手くかみ合わなかったことも。
考えぬいて選んだ言葉がマスコミによって捻じ曲げられて悔しい思いをしたことも。
不器用なまでに正直な性分が、裏目に出ることもあった。

トリノオリンピックの頃、「笑顔で滑れるように」とのコメントが多かったのは、
追いつめられても屈しない心、負けない自分自身への、
半ば無理やりに作った「笑顔」のようにも見えた。
無論、安藤選手にしてみれば「笑顔」に嘘があったわけではない。
会心の笑顔でトリノの地で輝きたかったはずだから。

ひとつの言葉にも様々な解釈の仕方があるし、
自ら発したコメントでさえ、その時には気付かなかった本心というのもある。
注目される立場、重責を負わされた者として、
万人から好ましいと感心される発言を求められるが、
並外れた能力をもったアスリートといえど、人であることには違いなく、
飾らない性格な上に、どちらかといえば饒舌であることが多い安藤選手は、
その分、余計な誤解もまねいてきたようだ。

だが、周囲の声に恐れることはない。
シナリオどおりにしか発言しない優等生である必要もない。

感情をコントロールすること。演技に感情を込めること。
スケーターとして大きな武器を手に入れた安藤選手が、
他の誰にもない表現力で観衆を魅了するように、
人間味あふれる愛すべきキャラクターのまま自分らしくあればいいのだ。

これから本格的にシーズンが始まれば、取材に応じる機会も増えるだろう。
どんな言葉を聞かせてくれるのか、どんな安藤選手に会えるのか、
ファンは心待ちにしている。

「前回より何百倍も強い気持ち」で、
「会心の笑顔」は、バンクーバーで見せてくれればいい。


posted by マキティ at 23:02| Comment(10) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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