2010年07月01日

サヨナラ安藤美姫〜新しい安藤美姫に出会うために(あとがき)

後から読み返してみると、随分と辛口な内容だと思った。
このたびのオリンピックもワールドも否定しているように見えなくもないが、
私は決して安藤選手個人を否定しているのではない、むしろ、あの素晴らしい演技に
感動して涙にくれていたのだから。
云いたかったのは、彼女に対しての理不尽な採点のされように憤りを感じたことと、
そんな逆風をはね返すほどの強い気持ちで、自分自身の可能性に挑戦し続けて欲しいということ。安藤選手の挑戦は必ず結果にも人の心にも残るものとなるはずだから。

余談になるが、 4 月 18 日に STARS on ICE (大阪市中央体育館)を
いつものように夫と 2 人で鑑賞してきた。
安藤選手はオリンピックの時に身につけていたエメラルドグリーンの衣装で
「クレオパトラ」を披露してくれた。
ナイル川の水面のように幻想的な照明の中、絶世の美女クレオパトラが出現したかのように、
それはそれは美しく、4 連続ジャンプを目の当たりにした時には彼女の能力の高さに驚愕した。素晴らしかった。

「ありがとう、美姫ちゃん」

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2010年06月30日

サヨナラ安藤美姫〜新しい安藤美姫に出会うために

オリンピックから 4 ヶ月、世界選手権から 3 ヶ月の月日が流れた。
どう言葉にすればいいのか判らなかった。
思いのまま胸の内を綴れば大切な人に迷惑をかけるかもしれないし、あらぬ誤解を招くことにもなりかねない。
頭を支配した言葉は収拾がつかないまま時は過き、結果的にその過ぎた時間が、
今ようやくブログを再開する気持ちにしてくれたのかもしれない。

バンクーバーオリンピックが私にくれたもの。
それが何であったのか今さらツラツラ書いたところで、もはや 2010〜2011 のグランプリシリーズの派遣先まで決まった今では、時すでに遅しで興醒めもいいところ。
では何を書くか。
正直に云うと実はまだ、記事にするような文章として何らまとまっていない。
そしておそらくこの先も、このたびの五輪については真っ当な記事は書けないと思う。
それでもブログを再開しようというのだから、少し強引な気がしないでもないが。



オリンピックの開会式は、あのトリノ五輪からよくぞここまで辿り着いてくれたと、
安藤選手のこれまでの苦難の道のりを思いかえしながら自然と涙がこみあげた。
加えて、数日後に迫った競技本番に気持ちは先走り、高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。
体調を崩さずに、いい緊張感を保ちながら無事に当日を迎えて欲しいと、
ただひたすら祈りながら。

今回のオリンピック、フィギュアスケート女子シングルのショートプログラムが行われたのは日本時間 2 月 24 日の昼前後。
会場となったバンクーバー、パシフィック・コロシアムがテレビに映し出されたときには現地では雨が降っていた。
空に向って安藤選手へ届くよう願いを込めたが、雨は意地悪くその想いを遮ったのかもしれない。いや、そんな生易しいものではなかった。
60 点台後半、70 点近く出ると思われた渾身の演技「レクイエム」のスコアが出た瞬間、安藤選手の表情が強張ったように、私の心も凍りつき、あの瞬間から思考が狂い始めたのだから。
4 年前、トリノ五輪のフリーの演技は日本時間で 2 月 24 日早朝だったが、
バンクーバーの「 2・24 ショック」はトリノのそれより、一段と複雑な感情のなかで、
どうにも昇華されずに今日まで引きずり続けることになってしまったのだ。

安藤選手の会見のなかに、すべてが凝縮されていた。
「点が出すぎだと思った試合もあったし、もうちょっと出てもいいと思った試合もあった」
これは選手の言葉だけに留まらず、八木沼純子さんの解説からも採点基準の曖昧さを感じざるを得ず、不可思議な疑問というより理不尽な結果として私を悩ませ、
ISU 、JSF 、果ては憤りの矛先をコーチにまで向けてしまった。
策士といわれる程のモロゾフコーチをもってして、戦略に間違いはなかったか、十分なコレオであったか。
そもそも「レクイエム」ほど荘厳で神聖なプログラムを 2 分 50 秒という短い時間、
ショートプログラムにしてしまうことに無理はなかったか。
「ボンドガール」に対抗できたのは「スパイダーウーマン」だったのではないかとまで思う始末。

26 日のフリーで、ほぼミスのない「クレオパトラ」を演じきった安藤選手に
歓喜とともに惜しみない拍手を贈ったにも拘わらず、私の心は澄みきった青空のように晴れることはなかった。

安藤選手は、オリンピック直後のインタビューで
「完ぺきな演技ではなかったが、4年に1度の舞台で最後はミスなく演技できて頑張ったと自分に云える。初めて心からスケートをやっていて良かったと思った」と振り返り、また、
「今回感じた幸せを忘れずに、人とのつながりを大切にしていきたい」とのコメントもあった。

私のなかの悔しくてならない想いと、安藤選手が得た達成感には、大きな隔たりが存在していたのだ。
ショートプログラムで3―3回転に失敗し「凄く自分に対して悔しかった」と云った言葉のように、悔しさを溢れさせた安藤選手ならば、気持ちの整理のしようもあったのかもしれない。
そのことが、採点に対して納得のいかない私を余計に混乱させた。

支えてくれる人、応援してくれる人に感謝の気持ちを込めて滑ったと話した安藤選手。
4 年前の恐怖心に打ち勝ち、足の竦むような緊張をも克服して見事に成長を遂げた安藤選手のこんなにも誠実で、清々しい姿勢に「ありがとう」の言葉しか云えず、
口惜しい想いに苛まれていた。

3 月の世界選手権は、ショートで 11 位と出遅れるも、
フリーは「見る人の心に残る演技をしたい」と計 7 度のジャンプをすべて着氷する圧巻の演技で、最後のポーズでは大きく口を開けてリンク上に笑顔を弾けさせた。
「スピードも出ていたしバンクーバー五輪よりいい気持ちで終われた。精神的に弱い自分に区切りをつけたかった」の言葉どおり、安藤選手を長く苦しめたオリンピックと、
4 年前の五輪と同じ会場のトリノの地の呪縛から、これでようやく解放されたのだった。
憑き物が落ちたような喜びと、演技中に見せた何ともいえない愛らしい表情とラストのビッグスマイルに一時、凍てついた心も溶かさせたが、
それでも、私の心に雨上がりの虹がかかることはなかった。

バンクーバーオリンピックもこの大会でも、表彰台に上がる選手は
初めから決まっていたとしか思えない採点のされようだったからだ。

安藤選手はよく「結果だけではない。人に伝わる演技をしたい」という趣旨のことを口にする。
ショートに選んだ「レクイエム」は、逝ってしまった大切な人たちへ祈りを捧げたもので、同じような哀しみをもつ人々の心に響く、安藤選手だからこそ演じることの出来たプログラムだった。
そこに、どれほどの想いが込められていたかはいうまでもない。

安藤選手が求める人の心に伝わる演技。
そういう演技を望み、それが安藤美姫らしさだと、大勢のファンと想いを共有している。
というより選手が求めるものをファンも支持していたいと、意識的にそうしているのかもしれない。
だが、私の考えは少し違った。

ジャネット・リン選手が尻もちをつき、その笑顔の愛らしさは世界中の人々の心に残るものだったが、もしもあの時、表彰台を逃して惨敗していたとすると結果はどうだっただろう。歴史は変わっていたはずだ。

人の心に伝わる演技をするというのは非常に大切ではあるが、競技選手であれば当然のことながら結果も求められ、ファンが「応援する」という行為の根底には贔屓の選手の好成績を期待していることは否めない。
でなければ手に汗を握り呼吸も止まらんばかりに声援を送るのは、いったい何のためだろう。
選手のほうもスコアボードに一喜一憂するのは何のためだろうか。

今回のオリンピックに安藤選手が求めたものは、
感謝の気持ちをもって滑ることだったのか。
人に何かを伝える演技をすることだったのか。
トリノ五輪で自分の夢を叶えることに執着して失敗した悪夢を払拭することだったのか。
私の心がそう叫んだ。

以前、ブライアン・オーサー氏がこう語ったという。
「キム・ヨナが完璧な演技をすれば次元の違うものになる」
実際、2009〜2010 シーズンのキム・ヨナ選手は誰も追随できないと思わせるほど見事だったと認めざるを得ないし、
どの選手も持てる力を出しきったとき、素晴らしいものになるだろうことは判っている。

私は云いたい。
安藤選手が持てる力を出しきり完璧な演技をしたとき、
本来の安藤美姫らしさが姿を現したときこそ、
まさに次元の違う、誰にも超えられないものになると。

いうまでもないが安藤選手は国際大会で 4 回転ジャンプを成功させた唯一の女子選手である。
どういう理由か彼女に厳しい回転不足の判定に泣いてはきたが、
難しいとされるルッツーループの 3 回転コンビネーションも安藤選手ならではのジャンプだ。
さらに云えば 3 回転ジャンプはアクセルを除けば 5 種類で跳んでいる。きちんと矯正した文句のつけようのないエッジで。
こうした技術的なこともさることながら、最近では表現力においても安藤選手でなければできない、内から湧き出る魂の叫び、生命の鼓動を感じさせてくれる。
力強いジャンパーとしての天性の素質と、幾度となく降りかかった艱難辛苦を乗り越えてきた安藤選手の感性が実を結び、オーサー氏の云う完璧な演技に到達したとき、
どれほどの感動を覚えるだろうか。
想像して欲しい。
安藤選手がひとつひとつ、難しいジャンプを成功させ全てを解き放して活き活きと躍動する姿を。弾けんばかりの笑顔を。
それはきっと後世に語り継がれ、人の心に永く記憶される「伝説」になるだろう。

本物のアスリートだけが追求できる領域、他の追随を許さない次元の違う演技は、
安藤選手みずから求める、観る者の心に伝わる演技と必ずリンクすると確信している。

だが、そんな完璧な安藤選手に私はまだ会っていない。
今回のオリンピックで会いたかったはずの安藤選手とは、すれ違いに終わってしまった。

精神的に弱い自分に区切りをつけた安藤選手に吹いた爽やかな風は、
エゴを拭いきれずにもがいている私に吹くはずもなく、悶々とした日々を過ごした。
想いはすれ違っていたが、バンクーバーをひとつの目標にして今日までを生きてきたのだと思い知らされた。

安藤選手がいたから、夢を追いかけられた。



昨年、私は携帯を変えた。カラーはゴールド。
この春は携帯を手にするたびに待ち受け画面の金メダルを掲げた安藤選手に、胸がしめつけられたが、「本当の私は弱っちい」そう云っていた安藤選手が、
「精神的に弱い自分に決別」したように、
このブログを更新することで、ひとつの区切りをつけよう。

バンクーバーは通過点であったのだと。
本当のゴールは、まだ見ぬ安藤選手に会ったときなのだと。

安藤選手は未来に向けて、もうすでに始動している。

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2010年04月29日

2010 年 春

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ここ数年、2010 年の春を待ちわびて過ごしてきた。
あの日見た光景よりも、心奪われるほど美しく咲き誇る桜を想い描いて。



満開を告げた花びら達が無情の風雨に散らされ儚く忘れ去られても、
必ずや訪れる次の春へと新緑が息吹くように、あなたはきっと。

きっとあなたは私の心を震わせるように鮮やかな姿で帰ってきてくれる。


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2010年02月05日

空に向かって

このブログを始めて丸 2 年が過ぎた。
当初は、スケーターを応援するサイト「ラウンジ」が存在していて、
そこで書き足りなかった想いを自分のブログで表現したいという単純な動機と、
安藤選手を応援するサイトがいちファンの稚拙でちっぽけなブログであっても
少ないよりは多いほうがいいだろうという、これまた短絡的な発想から始めた。

ラブレターの如く想いを綴りだしたのはいいが、始めてすぐに気がついた。
云いたいことが云えないのは、
不特定多数の人間が書き込む「ラウンジ」だからではなく、
名の知れた掲示板だからでもないということ。
そんな至極当然なことを私はブログを始めてしまってから気がついたのだった。

勇んで取り組んだブログだったが思うように書き記したい衝動と、
ネット社会に潜む恐ろしさや様々な難しい問題とのはざま、微妙なバランスに
神経をすり減らすようにして綴らなければならなかった。
ただヤミクモに安藤選手を持ち上げたいだけではなかったが、
それでも時には注意をいただいたり、書き直しをしたことも幾度かあった。
本当に云いたいことは胸の内にしまい込み、
本心とは距離をおいた、何処かで借りてきたような言葉を並べて今日まで続けた。

ブログを始めてからの 2 年間、いや、あのトリノから 4 年、
この 4 年という月日に重ねてきた想いは到底ひと言では語り尽くせないが、
振り返れば、辛い涙を1つずつ1つずつ乗り越えてきた毎日だったように思う。
安藤選手にとっても、私自身にとっても。

私的な話になるがこのブログを始めたちょうど 2 年前、
最愛の息子の親友が 21 歳という若さで他界した頃、
大切に想っていた或る女性との別離もあった。
当事者である息子も春から東京の学校へと行ってしまい茫然自失状態の私。
そんなことがあったからか、あちこち悪いところが出てきてしまった。
年齢のせいにしたくはないが体調の良い時のほうが今では少ないくらいだ。
また、この年末年始には新型インフルエンザに感染し、
それ以来すっきりしない状態がダラダラと続き
キーボードを触ることすら億劫になってしまった。

人の心と肉体との相互作用は切っても切り離せないとはこのことで、
嬉しかったり楽しかったりすると俄然、身体中にパワーが満ちてくるものだが、
哀しみや怒りの感情からは心地良いものは何ひとつ生まれてこないどころか、
塞ぎこんで精気を失い、どうかすると何も手につかない状態に陥る。

一般人の私でさえ数年のあいだにイロイロと経験せざるを得なかったのだから、
世界を相手に闘うトップアスリートの安藤選手とそのご家族のこれまでの心労は、
筆舌に尽くし難いものがあったに違いない。
それでも安藤選手は降りかかった哀しみを乗り越え、痛みを克服し、
不当な評価にも耐えて、何度も何度も何度も甦ってきたのだ。
私の流した涙など、安藤選手が辛酸を舐めて流した涙とは比べものにもならない。



人は心の傷をどんなふうに癒し、乗り越えていくのだろう。
米国に発つ前、安藤選手は荒川静香さんに「トリノのトラウマを克服したい」
と TV のインタビューで打ち明けた。
これを受けて掲示板では励ましの書き込みが多く寄せられ、それぞれが
それぞれの考え方で、安藤選手のためになるならと親身になって
精一杯の想いを込めて書き込んだ。
先のオリンピックで経験したもの。
トリノ五輪での結果から生じた、風評で傷ついた心。
安藤選手の心に刻まれた傷口は計り知れないほど大きなものだったのだ。

トラウマを克服するのは容易ではないだろう。
振り払おうと、もがいたところで、
そのことに執着したばかりに這い上がれない状況に陥るかもしれない。
時にフラッシュバックする根深いトラウマならば
無理に克服しようとは考えずに全てを受け入れて、
結果、今の自分があるのだとは思えないだろうか。
哀しみも痛みも、流した涙さえも、
今の自分がこうしているための必然だったのだと思えないだろうか。

私は未だ、もう逢うことのない人への惜別の想いのなかにいる。
忘れようにも忘れられずに、涙のなかにいる。
辛くて辛くてどうしようもないが、
きっとこの先も、その面影が消え去ることはないだろうから
上手く付き合っていこうと思っている。

安藤選手の場合、そう簡単なことではないと察するに余りあるが、
悔やむ気持ちも、過ぎた日を愛おしむ気持ちも、
今の自分を育てたのだと受け入れ、ありのままの自分を愛すればいいと私は思う。
幸い渡米してからは、環境にも恵まれ心身の充実もはかれたようで、
気をもんだファンの多くは一様に胸を撫で下ろしただろう。

一般に、私たちが報道を目にする頃には、
当の本人は次のステップ、さらなるステージへと移動していることが多い。
ファンが心配している時には、選手はすでに力強く先へと歩み出しているようだ。
また、期待を膨らませ過ぎたファンがテンションを高くしていると、
選手の方では、新たな問題を見つけてしまっていたりするのかもしれない(笑)
それでも、悩みに悩んだ末には新たな 1 歩を踏み出しているのだろう。

話は変わるが、
ここへきてニコライ・モロゾフコーチの「キス・アンド・クライ」が出版された。
それによると安藤選手は 4 年後のソチ五輪にも意欲を示しているという。
とすれば、心配でならなかった右肩の具合は、
今にも壊れそうで深刻な状態ではない、ということか。
何度も安藤選手を苦しめた右肩であったが、
ソチへの出場が実現するかどうかは別としても、切羽詰った故障でないとすれば
嬉しい。



安藤選手はファンの気持ちを大切にしてくれるスケーターだ。
そんな安藤選手だからこそ応援をする側は、
自分達の気持ちはいいから安藤選手の思い通りにしてくれるのが 1 番嬉しいと云う。
それを受け「五輪には、応援してくれる人の気持ちをもっていきたい」と
安藤選手が応えてくれる。
その気持ちが嬉しくて、自分自身のために滑って欲しいとファンが挙って口にした。
お互いを思い、お互いに出来る限りのメッセージを届けあう。
こんな素敵な関係を築いてくれた安藤選手に、心から感謝をしたい。
私たちの気持ちはもう、五輪までもっていってくれたから十分、と伝えたい。

3 週間後に迫ったバンクーバ−五輪。
傷つき泣いて、闇のような苦悩の日々を潜り抜けてきた安藤選手。
万がいち、問題が発生して悩んでいたとしても、
もしも不安が襲ってきたとしても、
リンクに立った時には全てをニュートラルにすればいい。
応援するファンの気持ちも、その瞬間には忘れてしまっていいのだ。
全てを脱ぎ捨てた、ありのままの「安藤美姫」を解き放して爆発させて欲しい。

云い尽くされた言葉だけれど。
リンクに立った安藤選手の心が澄みきっていることを願って、
想いを繋いでくれる空に向かって、私もまっ新な気持ちで送ろう。

「美姫ちゃん、ガンバッ!」


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2009年12月30日

09 全日本の安藤美姫

12 月 26 日 全日本選手権 SP の日。
関西国際空港の対岸に位置する、りんくうタウン駅から程近い駐車場に車を停めて、
JR 、地下鉄と乗り継ぎ、門真南駅で下車。開催地は、なみはやドーム。
ここまで辿り着くのに 2 時間半もかかってしまい、
女子選手の練習には間に合わず、
会場入りした時には男子選手が FS の曲かけをして練習をしていた。
私と夫の席はスタンド S 席 E-17 列 36 番 37 番。
ジャッジ席とは反対側のかなり後ろのほう。
モニタースクリーンを横から覗く位置なのでスコアが非常に観づらく、
キスクラも同様に横側からなので選手の表情どころか、
姿さえも目にできない席だった。
ただ幸か不幸かリンクからは距離があるため
想像していたほど、寒さに震えることはなかった。

安藤選手の登場は 28 番目。
この席からだと遠目でしか観ることができないと思い、
6 分間練習だけは、関係者席に近い通路で立ったまま応援することにした。
この日の最終グループ、レクイエムの衣装を身に着け、
先頭を切ってリンクに飛び出してきた安藤選手が
凄いスピードで私の前を滑走していく。
その表情は穏やかに落ち着いていて、事も無げにジャンプを決めていた。
大丈夫。調子は悪くない。そう確信して競技本番のために私達は席に戻った。

安藤選手の SP。
冒頭のコンビネーションジャンプはセカンドが 2 Lo になり、
レイバックスピンとステップでレベルを落としてしまったが、
その他のエレメンツは綺麗に決めて、PCS でも 8 点台が多く、
結果 68.68 で首位とはわずか 0.44 差の 3 位という位置につけた。

「レクイエム」を初めて生で観た私は、
安藤選手が滑り終えた瞬間からポロポロと涙がこぼれて、
隣にいた男性に顔を覗き込まれるほど、しゃくりあげるように号泣してしまった。
何故だか解らない。
無事に滑り終えた安堵感からなのか、
遠目でも安藤選手の笑顔を感じることができたからなのか、
荘厳な PG に圧倒されたせいなのか、
とにかく猛烈に感動して、一時その余韻に何もかも忘れて浸っていた。

女子の SP が終わったあとは男子の FS を観戦するつもりでいたのだが、
安藤選手の演技に満たされたままでいたい、そんな衝動は拭えず、
余韻に浸ったまま、その日は岐路に着くことにした。

翌日 12 月 27 日 FS の日。
実を云うとこの日は当初から予定していたわけではなく、
ある方のご厚意で急遽、観戦することになったのだった。
嬉しいサプライズと共に手にした「プラチナチケット」で。

一般道を走ること 3 時間半。
3 時間 30 分といっても途中、寄り道をしたり休憩をとったりしたので
実際に所要した時間は 2 時間ちょっとだったのかもしれない。
それでも大阪の南のどんつきからでは、随分と時間を要するものだ。
やはり練習時間に間に合わせることができなかった。
この日の私達の席は、スタンド SS 席 A-2 列 18 番 19 番。
ジャッジ席のすぐ後方、解説の荒川静香さんの綺麗な横顔まで楽しめる、
私達にとっては非常に有難い「特等席」での観戦となった。

最終グループの 6 分間練習も終り、いよいよ安藤選手が登場した時は、
前滑走者、中野選手が演じた「火の鳥」の、この大会にかけた熱い想いが
いつまでもリンクから消えず、何かざわついた、ちょっと異様な雰囲気に私は
少なからず不安を覚えた。

安藤選手の FS。
得意のルッツでは回転が足りず、
トーループからのコンビネーションも着氷が乱れ、単発になってしまう。
ダブルアクセルも回転不足になり、後半の得点源でのミスがこの日は痛かった。
ステップでは観客から手拍子をもらい、後押しされながらも何かしら元気がなく、
スコアも 116.76 と伸びなかった。
その結果トータルで 185.44 となり最終順位は 4 位。
五輪前の大切なこの全日本で、表彰台を逃してしまったのだった。
中野選手と鈴木選手の熱い熱い想いと、
すでに五輪に内定している安藤選手の違った緊張感には、
微妙な温度差があったのかもしれない。

バンクーバーへは安藤選手は勿論のこと、鈴木選手も代表に選ばれた事は嬉しい。
選手生命も危ぶまれるような怪我、あるいは摂食障害で、
リンクに立てない辛さ、思う存分練習できない苦しみを乗り越えてきた選手にこそ、
ドラマがある。スケートを諦めなくて本当に良かったと、
心からの拍手をもって五輪へ送り出してあげたい。


さて。

この度のなみはやには生涯忘れることのない出会いが私達を待っていた。

「安藤美姫物語〜I believe 」を執筆された漫画家の折原みと先生が
バナー持参で応援に駆けつけてこられていた。
いきなり話しかけたにもかかわらず、
優しい微笑みを絶やすことなく気さくに応じて下さった。
その傍らには、難病に苦しみながらも懸命に生きた
各務宗太郎くんのお母様も安藤選手の激励のためにこられていた。
そして云わずもがな、安藤選手のご家族の方がたも。
その皆さんが、こちらが恐縮してしまうほど、とても優しく接して下さった。

表彰式をはさんで、代表選手の正式発表がリンク上で行われていたが、
私達は時間の都合もあり、安藤選手の挨拶だけを聞いて、
誰ひとり席を立つ者もいない中、ひとあし先に表に出た。
誰もいないはずのロビーに、
たった一人ぽつんと佇んでおられる女性がいた。
私達はそれが誰なのか瞬時に理解できた。
そして何故そうされているのかということも。
安藤選手のお母様は、顔見知りになったファンの人たちを
丁寧に丁寧に一人ずつ見送るために、待っておられたのだ。
正面の扉から冷たい風が吹き込む寒いところで。

「代表おめでとうございます」と御挨拶をして、
その場を離れ振り返ったら、こちらを向いておられた。
そして最後にもう一度頭を下げてくださった。
その姿に思わず涙が溢れ、胸がしめつけられるように、私の心が泣いた・・。

安藤選手のスケートには心がある。

どうしてそう感じるのかが解ったような気がした。

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2009年12月18日

Miki's 22nd BIRTHDAY

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GPF 初の表彰台と五輪内定おめでとう

AND

HAPPY BIRTHDAY

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2009年11月10日

夜の女王とレクイエム

過去の嫌なジンクスを破り、念願であった NHK 杯を制したことと、
五輪選考にも影響する GP ファイナルへの出場資格を得たことに
安堵した優勝だった。
大切な試合、大きく崩れることもなく結果に繋がり、良かったと思う。
ただ、課題も多々残された、苦い優勝でもあった。

安藤選手の談話に度々見受けられる「自分らしく」という言葉。
この「自分らしく」とは、一体何であろうか。

NHK 杯、SP では気持ちが入らなかったことを悔やんでいたが、
それには 3 回転の連続ジャンプを控えたことに気持ちの揺れがあったと聞いた。
大会前、スピンやスパイラルを重点的に練習し、
さらには表現力に磨きをかけて Program Components の強化に取りくみ、
結果、おおむね 7 点台という評価も得られた。
確かに現行の採点方式ではリスクの大きい高難度ジャンプに執拗に拘るよりも、
POS で高い評価を得ることは重要だし、
芸術性の優れた演技は、フィギュアスケートの魅力ともいえる。

だが安藤選手には、安藤選手にしか出来ない高難度ジャンプがある。
トリプルルッツ、トリプルループの連続ジャンプ。
そして、4 回転も。
そう。「ジャンプの安藤」を忘れないでいて欲しいのだ。

このたびの大会の消化不良は自分らしさに欠けた演技。
自分らしさとは何であるか、安藤選手が一番よく知っている。
その上で、技術、芸術性、両方を兼ね備えなければならないこと、
その難しさを今まで以上に、より現実的に、認識できたことは安藤選手にとって、
課題が明確である分、良い収穫だったといえるのではないか。
曖昧な気持ちを引きずったままにせず、
コーチとよりいっそう真剣に向き合って自分らしさを追及していって欲しい。


さて。話は変わるが。
ロステレコム杯直前に SP が変更されて以降、
私の中では思考が止まり、煮え切らないまま、悶々としたものを抱えたまま、
この 2 大会を見守ることとなった。
それこそ消化不良をおこした状態で観戦するに至ったのだ。

「Queen Of The Night」から「REQUIEM」への変更。
「Queen Of The Night」(夜の女王)では、
観客の理解を得るのが難しいのではないかという懸念と、
楽曲よりも安藤選手のインパクトが強すぎるからとの判断で変更されたと聞く。
私は首をひねった。
解り易さやストーリー性の有無が、それほど重要だろうか。
本人のインパクトが強すぎると曲の「面白さ」まで台無しにしてしまうだろうか。

昨シーズンの「交響曲第 3 番オルガンつき」は、明確なストーリーが
あったわけでもなく、特段に解り易い曲というものでもなかったはずだし、
曲よりも選手のインパクトが強いという点に、問題があるとは思えない。
楽曲を安藤選手の想いのままに、大胆に創り上げていく、そうすることで、
「夜の女王」がもつ独特な個性も引き立たせることができるのではないか。

単調に繰り返される不気味な旋律を上手く利用して、安藤選手の色に染め上げ、
妖艶な魅力を最大限に活かすことができれば、
これほどカッコ良くて、強烈な PG はないだろうと思う。
さらに「夜の女王」なら、決められたエレメンツを
余裕をもって組み込めるのではないだろうか。
想像力を膨らませ、安藤選手の想うがままに、思う存分演じきることが出来る曲。
そう思えてならないのだ。

それと「REQUIEM」もまた同様に、もったいないと思った。

Ice Jewelry 2009、あるいは THE ICE で魅せた「REQUIEM」。
あの感動の演技を採点の対象 にしてしまうことに少なからず抵抗を感じた。
ショーで魅せた、冒頭の頭を抱えて 5 回まわり、両手でバンッと決めるところ。
空に向けた両手を広げながら走るところ。
倒れこんだのち、右手で何かを追うようなしぐさ。
安藤選手の驚愕や哀しみや追憶の感情が込められていた振り付けが、
2 分 50 秒の SP では端折られてしまった。
「REQUIEM」は鎮魂の楽曲だ。
髪は下ろしたまま。スカート部分は長め。照明はピンスポット。
そのすべてが先のショーで素晴らしかっただけに、もったいなくて仕方がない。

judgment すら及ばない領域。安藤選手の神々しいまでの美しさ。
私は五輪の EX で、最後の最後に、この「REQUIEM」を観たい。
安藤選手が競技を超えて、魂を込めた祈りを捧げる、感動のステージで観たいのだ。


・・・・と好き勝手なことを書いてしまったが、
悩みに悩んだ末、恐れながら進言しておきたかった。
ファンの声に耳を傾ける心優しい安藤選手に、戸惑いを誘うようなことを
云いたいわけでは、決してない。
SP に迷いがあるのなら、原点に戻って考えてみて欲しいのだ。
ジャンプやスピンといった各要素を無理なく組み込める PG 。
「REQUIEM」に込めた特別な想い。
心から滑るとは、どういうことか。
もういちどコーチと、戦力も含めて考えてみることも必要だと思う。


安藤選手が自分らしく、リンクの上で笑顔をみせてくれることを願って。

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2009年11月07日

GPS 2009

美姫ちゃん ロステレコム杯 NHK 杯
優勝おめでとうございます !!



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2009年10月06日

Queen Of The Night

10 月 3 日、さいたまスーパーアリーナにてカーニバル・オン・アイスが行われた。
安藤選手は今季の SP「 Queen Of The Night 」を披露。また、
クレオパトラをテーマにした FS の演技も、アンコールの短い時間ではあったが、
ベールに包まれていたその姿を観衆の前で披露した。

TV 放映された翌日、安藤選手から SP について
「ファンの目から観て、どう思うか教えて欲しい」といった趣旨の書き込みが
掲示板に挙がった。
私も 2 度ほど書き込みをしたが、怒涛の如く寄せられた多数のメッセージには、
どれもこれも安藤選手への溢れんばかりの熱い想いが込められ、
中には思わず涙するような愛情に満ちたものもあった。

「Queen Of The Night」は
映画「英国式庭園殺人事件」の音楽、作曲はマイケル・ナイマン氏。
繰り返されるフレーズが不安を煽り、不気味な妖しさ漂う私好みの楽曲だ。
衣装は黒と紫を基調に胸元にはクモの巣、さらに大きいクモのフィギュアをつけ、
クモの糸が光って見えるような工夫も施されていた。
この独特な音楽と衣装にファンが感じた印象は、肯定、否定的と 2 つに分かれた。

人には、
太陽が放つ眩しい光、曇りのない煌びやかな表の世界もあれば、
闇夜に彷徨う得たいの知れない翳、裏の世界も心の中に存在する。 
そして、翳の部分を隠そうと、在りもしない虚構をちらつかせ生きている。
本性を曝け出せ、嘘を暴いてやろうと云わんばかりに、挑発するもの・・・。
私はそういうものを、このPG から感じた。

人の心の奥に棲む闇。その象徴がクモのような気がしたのだ。

罠から逃れようともがく人間の業の深さを、嘲るように不敵な笑みで、
安藤選手には演じて欲しい。
美しい毒グモに惑わされるまま、スリリングな世界へと吸い込まれたいのだ。 

そして、この PG を演じきるのは安藤選手より他にないとさえ思っている。
綺麗ごとを並べて近づいてきた揚げ句、あっさり裏切っていった者たち。
金にものを云わせて、薄汚れた裏社会で不穏な動きをする者たち。
不当な仕打ちに何度となく悔しい思いをさせられた安藤選手ならば、
陥れられた暗闇を知っているからこその演技ができるのではないかと思う。


カーニバル・オン・アイスの会場では、曲かけの不手際があったと聞いた。
加えて時差による極度の疲労のせいか、満足のいく演技ではなかったようだ。
それは敏感に観衆にも伝わってしまう。
あまりにも意表をついた PG に戸惑いもあったのかもしれない。
ファンのなかには、オリンピックシーズンには適わないという声もあった。

だが、五輪の舞台が、初めて演ずる場面だろうか。
その前にはグランプリシリーズもあれば、国内では全日本選手権もある。
この PG がその頃までに、どこまで妖しくも独特な世界観を広げられるかは
安藤選手しだいなのだ。


「 Queen Of The Nigh 」夜の女王。
その象徴とされるクモが織りなす闇の世界が、
このまま閉ざされることのないよう願いたいものだ。
そして演じるならば、
徹底して妖しい「 SPIDER WOMAN 」を演じる安藤選手が観たい。

posted by マキティ at 23:38| Comment(13) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月26日

強い気持ちで〜安藤美姫

今年は冷夏といわれた。
さほど気温が上がらなければ、そういうことになるのだろう。
だからといって、暑さが凌ぎやすかったわけではなく、
鬱陶しくジメッとした、梅雨のように蒸し暑い日が続いた。
わが家では、私が腰を痛めたり愛犬がヘルニアになったりで、
これといったイベントもなく静かに「らしくない夏」が過ぎ往くのを見とどけた。

9 月も終盤になると、さすがに朝や夜は涼しくて秋の訪れを感じるが、
そうなってくると、いよいよ来るべきシーズンが目の前に迫ってきて、
胸の奥がザワザワ騒がしく、何ともいえず落ち着かない。

辛い結果に終わった 07〜08 シーズンも
どん底から這い上がった 08〜09 シーズンでも
ここがゴールではない、全てはまだこれからと、
心のどこかに、ほんの僅かながら余裕のようなものが私の中にあった気がする。
だが、今季はそうは云っていられない。
待ったなしの、オリンピックシーズンが廻ってきたのだから。 

カウントダウンで息苦しくなった胸を、メディアが挙って逆なでしてくれる。
些細なことに、見えない何かに、わけもなく脅えてしまう。
得体の知れない恐怖に押し潰されそうで何処かへ逃げ出したくなる。
ときおり、そんな気分に苛まれるのは私だけであろうか。
今季を楽しみにしているとファンの声が聞こえてくる中で、
臆病で心配性の私だけが、この時期になっても、いまだ臨戦態勢をとれずに
とり残されている気がするのだ。

選手を応援するブログで、こんな弱気なことを呟いていいのか。
何故、不安を煽るようなことをわざわざ発言するのか。
その答えはいたって簡単。
今ここで、胸の内のネガティブな部分を吐き出しておきたい、それだけだ。
本格的にシーズンが始まれば、
(あの時に何をすべきであったかなどと後ろを振り返ることも)
逃げ出すことも、弱音を吐くことも出来ないからだ。
私はこれを自分自身にいい聞かせておきたいと思う。

安藤選手には千載一遇の好機を逃すことのないよう、
残り僅かとなった貴重な時間を大切に、
大切に過ごしていただきたいと心の底から願う。
来るべきシーズンへ向けて、
準備万端ぬかりなく、強靭な身体と誰よりも揺るぎない精神で臨んで欲しい。


さて。
先週末( 9/19 )ISCC(コネティカット国際スケートセンター) での
New England Competitor Exhibition において
安藤選手は今季の SP を披露したとのことである。
続いて今週末( 9/26 )には、
Stars, Stripes & Skates( Danbury Ice Arena )への出演。
さらには、さいたまスーパーアリーナにおいて
カーニバル・オン・アイスに出演が予定されている。( 10/3 )

競技やショーの前には、選手の談話を耳にする機会も多く、
安藤選手はオリンピックに対する意気込みを「前回より何百倍も強い気持ち」
とし、また、
「大事なシーズン。しっかりとした気持ちでハードに練習しないといけない」
との言葉もあった。

振り返れば、主力選手として注目を浴びるようになって以来、
その発言にも多くの関心が寄せられ、
嬉しくない事態に陥ることも少なからずあったように思う。

思っていることと、咄嗟に口をついて出た言葉が上手くかみ合わなかったことも。
考えぬいて選んだ言葉がマスコミによって捻じ曲げられて悔しい思いをしたことも。
不器用なまでに正直な性分が、裏目に出ることもあった。

トリノオリンピックの頃、「笑顔で滑れるように」とのコメントが多かったのは、
追いつめられても屈しない心、負けない自分自身への、
半ば無理やりに作った「笑顔」のようにも見えた。
無論、安藤選手にしてみれば「笑顔」に嘘があったわけではない。
会心の笑顔でトリノの地で輝きたかったはずだから。

ひとつの言葉にも様々な解釈の仕方があるし、
自ら発したコメントでさえ、その時には気付かなかった本心というのもある。
注目される立場、重責を負わされた者として、
万人から好ましいと感心される発言を求められるが、
並外れた能力をもったアスリートといえど、人であることには違いなく、
飾らない性格な上に、どちらかといえば饒舌であることが多い安藤選手は、
その分、余計な誤解もまねいてきたようだ。

だが、周囲の声に恐れることはない。
シナリオどおりにしか発言しない優等生である必要もない。

感情をコントロールすること。演技に感情を込めること。
スケーターとして大きな武器を手に入れた安藤選手が、
他の誰にもない表現力で観衆を魅了するように、
人間味あふれる愛すべきキャラクターのまま自分らしくあればいいのだ。

これから本格的にシーズンが始まれば、取材に応じる機会も増えるだろう。
どんな言葉を聞かせてくれるのか、どんな安藤選手に会えるのか、
ファンは心待ちにしている。

「前回より何百倍も強い気持ち」で、
「会心の笑顔」は、バンクーバーで見せてくれればいい。


posted by マキティ at 23:02| Comment(10) | TrackBack(0) | 安藤美姫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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